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≪ウォーキングデッド≫のシーズン8のオンエアが始まりました。
毎週月曜日の放送なので、何かと憂鬱な週初を乗り切る良い口実にもなりそうです(笑)。
原作コミックは最新刊まで読んでますので、大凡のストーリー展開は予想できますが、このドラマ、視聴者の予想を裏切りますから。
シーズン7だって、悪漢ニーガンに撲殺される犠牲者のくだりで視聴者を欺き、結果、原作以上の修羅場をみせつけ、私なんかしばらく気が滅入ってしまいましたから。(あ~大好きなキャラだったのにあんな無残な死を迎えるなんて・・・)
ウォーキングデッド
まぁ、≪ウォーキングデッド≫を観ていないひとにはなんのこっちゃの話題ですが、テレビドラマとは思えない圧倒的スケールと作品的クオリティは一見に値しますよ。お勧めです。

以前、主に1970年代、漫画雑誌に頻繁に掲載されていた映画コミカライズ作品(通称≪劇画ロードショー≫)について何度か書かせていただきました。
ここ久しく≪劇画ロードショー≫について書く機会はなかったのですが、決してこれら作品の収集に飽きたわけではなく、財布の中身と相談しながらコツコツと収集は続けているわけです。
だが、しかし・・・最近、ネットオークションでの≪劇画ロードショー≫掲載雑誌の落札価格が高騰してるような・・・
以前は、ほとんどの掲載雑誌が二千円前後で落札できてたのに。
ひょっとして≪劇画ロードショー≫の再評価が来ているのでしょうか?

≪劇画ロードショー≫といえば、少年チャンピオンなどの秋田書店刊行の漫画雑誌への掲載が有名ですが、情報を集めてみると、1960年代、70年代は、新作映画の宣伝手法として、結構、漫画雑誌に限らず広範囲にわたって掲載されていたことが分かります。
たとえば、少年サンデーのこの3冊。
劇画ロードショー
1968年11月24日号には、スペクタクル映画≪ジャワの東≫のコミカライズが掲載(以後連載)されました。
劇画ロードショー
≪ジャワの東≫は、インドネシアのクラカトワ島の噴火災害を描いた海洋冒険活劇。
主演はマクシミリアン・シェルという、ちょっと地味目な役者さんなんですが、サム・ペキンパー監督の戦争映画≪戦争のはらわた≫(超名作!)やスピルバーグがプロデュースしたパニック映画≪ディープ・インパクト≫が代表作かな。
コミカライズの作画は、戦争ものの劇画を得意とする南波健二さんでした。

お次はインパクト絶大!
1974年7月7日号に掲載されたオカルト映画≪エクソシスト≫のコミカライズです。
作画は、巨匠、楳図かずおさん。
劇画ロードショー
劇画ロードショー
劇画ロードショー
わずか8ページの巻頭カラー特集なのですが、楳図先生の作画力と色彩感覚が凄まじく記憶に焼き付くトラウマ必至作品です。
当時、何気なく漫画雑誌を購入した中坊の私を震え上がらせた作品でもありますね。

1975年6月29日号の≪タワーリング・インフェルノ≫の作画は、これまた巨匠、さいとう・たかをさん。
やはり、8ページの巻頭カラー特集です。
劇画ロードショー
映画のスチール写真と作画をミックスした変則技が効いています。

少年キングは主に邦画のコミカライズが多かったようです。
劇画ロードショー
まずは、五社英雄監督の≪人斬り≫。
1969年8月3日号ですが、表紙が同作の主演、勝新太郎、石原裕次郎、そして三島由紀夫というのがシブい・・・シブすぎる。
この表紙だけで白ご飯3杯はイケちゃいます(笑)。
にしても、殺戮とエロ満載の映画作品を、しれっと少年誌でコミカライズしちゃう当時の世相がおおらか過ぎます(笑)。
劇画ロードショー
作画は、平田弘史さん。言わずと知れた時代劇活劇の名匠ですね。
平田さんとケン月影さんが描く時代劇漫画は私の愛読書だったりします。
ケン月影
1966年12月11日号には、大映が誇る特撮スペクタクル時代劇≪大魔神逆襲≫が掲載されました。
劇画ロードショー
劇画ロードショー
≪大魔神≫シリーズ3部作のラストを飾った作品で、作画は青春漫画の金字塔≪漫画家残酷物語≫の永島慎二さん。
子どもの頃、≪大魔神≫シリーズは、ゴジラなんかの怪獣映画と比べると若干地味な印象を持っていましたが、特撮技術のクオリティはピカイチだと思っていましたね。マセた子どもでした、私。
大魔神 ポスター
≪大魔神≫の立て看板ポスターは私の宝物です。

最後は、少年マガジン。
劇画ロードショー
月刊少年マガジンの1977年5月号に掲載されたのが名作≪ロッキー≫。
劇画ロードショー
劇画ロードショー
≪ロッキー≫のやるせない映画のテイストと野田たみ樹さんの作風が絶妙にマッチングした名作コミカライズと言えます。

月刊少年マガジン、1976年10月号、11月号の前・後編スタイルで掲載されたのがリメイク版≪キングコング≫。
同年12月に公開された本作は、監督が≪タワーリング・インフェルノ≫のジョン・ギラーミンということもあって、大変な期待作として公開されたのですが、いざふたを開けてみたら、主演のジェシカ・ラングのオ○パイばかりが印象に残る珍作でガッカリ。
ジェシカ・ラング
“特報!これが≪キングコング≫、ジェシカ・ラングのオ○パイだ!”

このリメイク版に比べたら、「長尺過ぎる」と批判まみれだった再リメイク、ピーター・ジャクソン版≪キングコング≫の方が百倍面白いんじゃないでしょうか。
コミカライズの作画は田中憲治さん。
擬人化が過ぎてもはやガッツ石松化したキングコングがラスト、いまは亡きマンハッタンの世界貿易センタービルから墜落死する描写はなんか違った意味で沈痛です。
劇画ロードショー

≪劇画ロードショー≫には、まだまだ埋もれた名作がたくさんありそうですね。







久しぶりに映画館で観たのが≪ダンケルク≫。
今年の上映作品のなかではダントツの期待作です。
ダンケルク
迫力ありましたね~モノホンの戦闘機。
監督のクリストファー・ノーランはCGに頼らない映像づくりに拘ったとのことで、本作に登場する戦闘機も実機を飛ばして撮影したというからミリタリーマニアにはたまらない。
ドイツ軍のメッサーシュミットとイギリス軍のスピットファイヤーの実機による空中戦を観れるだけでも入場料払った価値があるというものです。
昭和 写真で見る世界シリーズ
秋田書店の≪写真で見る世界シリーズ≫は、子どもの頃の愛読書。戦車や戦闘機を好きになったのはその影響か?
ダンケルク
作品としては意図的にドラマティックな演出を避け、史実に忠実に仕上げたドキュメンタリータッチという印象でした。
そういう意味では、スティーブン・スピルバーグ監督の≪プライベートライアン≫以降の戦争映画のスタイルを踏襲しているわけですが、≪プライベートライアン≫が人の無残な死も含めて圧倒的リアリティーで戦争を描いたのに対して、≪ダンケルク≫は人の直接的な死の描写を避けてあるためか、鑑賞後の後味は割合あっさりしています。
ただ私としては、作風はリアリティー志向なのに、兵士の直接的な死が描かれないというアンバランスさに少し違和感を覚えましたね。≪プライベートライアン≫に負けじとドラマ性を排除し、陰惨な戦闘シーンと兵士の死の描写で貫き通したリドリー・スコット監督の≪ブラックホーク・ダウン≫はやり過ぎだとしても、世界情勢が緊迫している昨今だからこそ戦争が生む不条理、理不尽な悲劇は容赦なく描くべきだと思いますし。

しばらく家族で旅行してないな・・・ってことで、家族会議を経て北海道旅行の敢行を決定。
青森から函館までは新幹線を利用し、函館からはレンタカーで札幌、小樽という旅程となりました。
だが、しかし・・・日本列島を襲撃した台風18号・・・私たちは台風とともに北上するハメに・・・
初日はまだ台風も本州にいたため、函館からはレンタカーで難なくスタート。
札幌までは、高速道路を使わず、途中、道の駅で休憩を挟みながらひたすら一般道を走り続けること250キロ。
時間にして約5時間と、ドライバーにしてみればしんどいのですが、函館、札幌間は高速を利用すると300キロと遠回りになり、所要時間はあまり変わらないのだそうです。
到着した札幌も天候は穏やかでしたね。
さっぽろビール園
さっぽろビール園で美味しいビールとジンギスカンを堪能し・・・
札幌 時計台
時計台や大通公園のテレビ塔からの夜景を楽しむ、というお決まりの観光コースを楽しみました。

二日目。
札幌にも徐々に台風の影響が・・・
断続的な雨と強風を避け、主に地下鉄や地下商店街を利用しての移動となりました。
札幌 まんだらけ
≪まんだらけ≫の札幌店を訪ねて≪ノルベサ≫へ。
ここの屋上には観覧車があるのですが、乗ったことを後悔するほどに怖い観覧車でしたね。高さが半端なく、身じろぎひとつ出来なかった(笑)。
夜の札幌
≪まんだらけ≫で買い物した後は、夜のすすきのを散歩し、有名店≪すみれ≫の味噌ラーメンをいただきました。
札幌 味噌ラーメン すみれ
何やら空模様も怪しくなってきました。
明日は小樽に移動です。
夜の札幌
小樽への移動途中で≪白い恋人パーク≫に寄り道。
白い恋人パーク
白い恋人パーク
ここにはアンティークコレクションの展示施設があり、見応えのある展示物がズラリ。
白い恋人パーク
アンティークコレクションの入場口に鎮座するロボットライダー(?)
展示物のほんの一部をご紹介。
白い恋人パーク

白い恋人パーク

白い恋人パーク

白い恋人パーク

白い恋人パーク

白い恋人パーク

白い恋人パーク

白い恋人パーク

白い恋人パーク
テレビ東京≪お宝鑑定団≫で500万円の鑑定額がついた≪軍艦 鹿島≫のブリキのオモチャやベッカムのユニフォームなどなど、コレクションに幅があり過ぎます。
これって≪白い恋人≫の社長さんのコレクションなんでしょうか?

小樽に到着したあたりから天候は大荒れ。
横殴りの雨と強風のなかでの観光となりました。
小樽
まあ、雨の小樽も風情があって良かったですね。
しっかり美味しいお寿司をいただき、今夜の宿泊先の定山渓に移動。
北海道
まるで、スロットカーのレーシングコースのような道路を走って定山渓に向かいます。

いよいよ北海道旅行も終盤。
函館までの帰り道。途中、洞爺湖に寄り道したら、なんかみたことのあるオートバイが・・・
洞爺湖
最近、実写化もされた≪銀魂≫に登場するオートバイが駐車したお店は≪越後屋≫、アニメグッズなんかを取りそろえたお土産屋さんでした。

まあ、そんなわけで3泊4日の北海道旅行を終えたわけです。
結果として思ったのは、やっぱりレンタカー移動にして良かったな、ということ。
もちろん旅行は予め計画を立てて行きますが、天候や旅行先で仕入れた情報で計画を変更するなんてことはままあります。
そんなときに移動手段が自動車だと容易く変更が可能ですし、移動途中で思いがけず観光施設に出くわすなんてこともありますから。
事実、≪白い恋人パーク≫は当初の計画には無くて、小樽への移動途中で、「なんだ?あれ」ってな感じで行ってみたら、私の趣味に“どストライク”なところだったわけです。
私も、年齢が年齢ですから長距離運転はツラくなってきているのですが、運転に支障が出るまでは高齢者ドライバーと揶揄されようとも、頑張っていろんなところをドライブしたいな、と改めて思った旅行でもありました。



気づけば、8月も終盤。
あおもりは、祭りの頃の喧騒が嘘のようにひっそりと秋の気配を漂わせています。
今年もねぶた祭りへの参戦はなし。
若い頃はハネトの衣装を身にまとい参戦してたんですけどね。
地元の人間に言わせれば、ねぶた祭りは観るものじゃなくて、跳ねるもの。
要は“参戦してナンボ”なんですけど、観ることさえしなくなったらお終いです。
“地元の祭りを地元の人間が盛り上げなくてどうする”なんてことを思いながら、来年こそはせめて足を運ぼうかな、なんて。
今年のねぶた祭りの話題といえば、ウルトラセブンの放送開始50周年記念と、ウルトラシリーズなどに登場する怪獣の造型を手がけた成田亨が、幼少期から高校まで青森県で過ごしたご縁から、≪ウルトラセブンねぶた≫の運行を行ったこと。
ウルトラセブンねぶた

ウルトラセブンねぶた
≪ウルトラセブンねぶた≫ハネト(跳人)の仕様

≪ウルトラセブンねぶた≫は、青森市の≪ねぶたの家ワラッセ≫で1年間の展示を行うということなので足を運んでみたいと思います。
ウルトラセブンねぶた
≪ウルトラセブンねぶた≫運行の記念グッズだけはしっかり手に入れました(笑)。

先日、出張で仙台を訪れたとき、駅舎内で見つけて思わず撮影しちゃったのがこれ。
石ノ森章太郎記念館 萬画館

石ノ森章太郎記念館 萬画館
石巻市にある≪石ノ森章太郎記念館(萬画館)≫PR用の展示物と壁画アート。
2009年に私も家族で訪れましたが、とても素晴らしい記念館でした。
北上川の河口付近にあったことから震災で甚大な被害を被りましたが、2013年にはリニューアルオープン。
石ノ森作品のファンならずとも、是非、訪れていただきたいお勧め観光施設です。

最近、東京出張の際に必ず訪れるのが神保町。
古本好きにはたまらない町なのですが、1軒1軒こまめに覗いて歩いてると結構な時間がかかります。
神保町は美味しいご飯屋さんや洒落た喫茶店も多いので、途中、休憩を挟みながらの物色作業なわけです。
大抵はお目当ての本をひたすら探すという作業なのですが、ときには特に目標を定めず気の向くままに、というのも楽しいものです。
先般、神保町を訪れた際にたまたま出くわしたのが、≪ハヤカワ・ポケット・ブックス(以下H・P・B)≫シリーズの数々。
ハヤカワポケットブックス H・P・B
私はH・P・Bシリーズの映画化作品が装丁にあしらわれたものをコレクションしているのですが、スタンリー・キューブリック監督の≪博士の異常な愛情(以下略)≫の原作本があることすら知りませんでしたね。原作本のタイトルは≪破滅への二時間≫。昭和39年発刊の初版本です。H・P・Bの≪海底二万哩≫には数種類の装丁があり、この昭和30年に発刊されたものが映画に登場したノーチラス号をイラスト化したものになっているようです。
海底二万哩
こんなふうに展示したかったんですよね。

≪草の死≫、≪人間がいっぱい≫は、いずれもその原題から映画化作品のタイトルを連想することは至難ですが、≪最後の脱出≫、≪ソイレント・グリーン≫というカルトSF映画の原作本です。
ハヤカワポケットブックス H・P・B
≪シェーン≫の原作。
ハヤカワポケットブックス H・P・B
≪シェーン≫は1953年のアメリカ映画で、西部劇の名作とされる作品です。
主演のアラン・ラッドがやさ男の風貌には似つかわしくない超早撃ちを披露しましたね。
この映画の作風は、高倉健さんの任侠モノなどに踏襲されたのではないでしょうか。

今度は漫画本です。
思わず手にとってしまったのが黒田みのるの≪大地震≫。
黒田みのる
黒田みのるといえば、容赦ない残酷描写で読者の度肝を抜く漫画家で有名ですね。
映画≪猿の惑星≫のコミカライズは、映画には存在しない衝撃シーンを加筆しすぎたが故に、映画とは全く別物になってしまったという迷作。
黒田みのる
・・・にしても、≪大地震≫凄すぎます・・・
子どもも女性も容赦がありません。
黒田みのる
“大地震が起きたら、ここはこんな風になってしまうのか・・・”出張先のホテルでそんなことを思いながら読んだ一冊です(笑)。

学生時代にドはまりし、ほとんどの作品を読破した三島由紀夫作品。
当時は文庫本で読みましたが、やっぱり発刊当時の趣きのあるものが欲しいな、ということで始めた初版本収集。
三島由紀夫

三島由紀夫
さすがに長編二作目にして出世作≪仮面の告白≫の初版本は高額過ぎて手が出ませんが、≪美徳のよろめき≫、≪女神≫、≪不道徳教育講座≫は初版本です。
入手した古本屋は、≪小宮山書店≫さん。
芸人にして芥川賞作家のピース又吉さんも足繁く通う古本屋として有名です。
異色作≪美しい星≫の映画化や自国の防衛等々にかかる思想的関心の高まり故か、最近、三島作品が再評価されているように思えますね。

最後は、最近入手したガレージキットを。
知るひとぞ知るオカルト映画の名作≪エクソシスト≫に登場する悪魔パズズの像です。
エクソシスト パズズ
以前入手したパズズ像は、映画に登場したものではなかったので、ようやく出会えたという感じです。
エクソシスト パズズ
比較してみると全然違います。特にあそこが・・・(苦笑)。

プロの造型師が手がけたものではなく、一般のマニアが作成したものということですが、なかなかの出来栄えです。
購入先は大阪のコレクターショップ≪アストロゾンビーズ≫。
まだ在庫はあるようです・・・って、こんな地味なもの手に入れて喜んでるのは私くらいのもんか・・・(笑)
こりゃあまた失礼いたしました。
昭和40年代に少年・少女期を過ごした多くの人たちにトラウマを植え付けた怪談があります。その怪談が掲載されたのが、講談社から発刊された≪わたしは幽霊を見た≫。
わたしは幽霊を見た
昭和47年に少年少女講談社文庫として発刊された本書は、装丁こそリアルタッチのイラストがちょっとばかり恐いのですが、どう見たって児童書。内容はたかが知れています。
当時、小学校の高学年だった私も図書館でこの本を見かけて、“お、なんか面白そうな本を見つけたぞ”くらいの気持ちで手に取り、ページを開きました。

「な・・・・なんだ・・・これ」

巻頭カラーページの1枚のスケッチに釘付けになりました。
一見なんてことのない児童書、≪わたしは幽霊を見た≫には、当時の少年・少女を不眠症地獄に叩き落とすような地雷が仕込まれてあったのです。
わたしは幽霊を見た トラウマ 幽霊
このスケッチは、青森県むつ市のとある病院に現れたという幽霊を描いたもので、このおぞましい幽霊を目撃し描いたのもまた、当時、青森市在住の大高興さんというお医者さんです。
スマホなんかで撮影された心霊動画とかに慣れっこな今時の子どもたちにしてみれば、この程度のスケッチ、まったく恐くなんかないのでしょうが、何と言っても昭和40年代です。
テレビは普及していましたが、地元の身近な情報以外は、なかなか伝わってこないような時代です。まだまだ閉鎖的な地域社会、未成熟な環境や風土が子どものみならず多くの大人に霊魂の存在を信じ込ませていたような時代です
そんな時代の幽霊のスケッチ、それも自分が住む青森県内で目撃され描かれたものとなれば、幼い頃の私が、夜一人でトイレに行けなくなったばかりか、しばらくはトラウマに悩まされたというのも理解していただけるのではないかと。

この幽霊が目撃された状況を簡単に説明しますと・・・
昭和27年8月20日、日本三大霊山として有名な恐山にほど近い青森県むつ市のとある海辺の病院に宿泊することになった大高医師は、午前3時半頃、廊下にひとの気配を感じました。
「どなたですか。なにかご用ですか」と声をかけたところ、「さむいんです・・・とても、さむいんです・・・」という返事。
「それなら、どうぞ、中へお入りになりませんか」と声をかけたところ、部屋のドアが開き、氷のように冷たいものが瞬く間に大高医師のベッドの中へ。
「こらっ!」と大高医師が叫んだところ、布団の中から顔を現したのがスケッチの幽霊なのです。
状況から察するにかなりの至近距離で目撃しているわけで、私だったらきっと腰を抜かしちゃうと思うのですが、大高医師は、霊が実在する証明になると考え、すぐさまスケッチに描いたのだそうです。なお目撃した際、同室には友人もいたため、複数の目撃者の存在がこの怪事件にかかる信憑性を高めているのです。
わたしは幽霊を見た トラウマ 幽霊
大高医師は、幽霊のスケッチとともに目撃したときの状況を図解しています。

講談社の≪わたしは幽霊を見た≫に記載された内容はここまで。
そこで私としては、青森県内で発生した怪事件ですから、地元にはもっと情報があるんじゃないかと思い、およそ50年の月日が経過していますが調査を試みたわけです。
そこで出会ったのがこの2冊、≪津軽霊界下界≫と≪お化けと幽霊≫です。
お化けと幽霊 津軽霊界下界 トラウマ 幽霊
いずれも著者は大高興医師なのですが、地元の出版社から少ない数で刊行されたため、これらの書籍を知るひとは少ないのではないでしょうか。

≪津軽霊界下界≫は、青森市の北の街社から昭和49年に発刊されています。
講談社の≪わたしは幽霊を見た≫から2年後の刊行ですね。
この≪津軽霊界下界≫には、くだんの怪事件の詳細が更に詳しく記されており、大高医師自身はもともと霊魂の存在に否定的だったが、この事件を境に肯定派に変わったと書かれています。
また、霊が出現した原因としては、怪事件の前日、誰かが戦死者のために捧げたであろう海に漂う花束を大高医師が目撃していたことや、むつ市の同病院には大高医師が体験した怪事件以降も幽霊騒ぎが多々あったことに触れ、戦時中、むつ市の軍港が空襲を受けた際、その病院が多くの死傷者を収容したことに起因するのでは、と仮説をたてています。
津軽霊界下界 トラウマ 幽霊
ちょっと笑えたのが、大高医師の学び舎でもある弘前大学病院精神科の教授が、大高医師の幽霊の目撃体験について、当時、奥様と別居中だった大高医師の性欲の高揚による錯覚だと一蹴したという後日談。当時は、心のトラブルを何かと性的欲求に結びつけてしまうフロイト的精神分析が主流だったんでしょうね。

大高医師は、霊魂の存在をどうにか証明しようと奇妙な実験も行っていたようです。
その実験は、懇意にしていた老婦人と誓文を取り交わし、老婦人が死後、大高医師の示すいくつかの心霊現象を起こせば霊魂の存在が証明できるというもの。
この実験は、老婦人が亡くなるとともに実行に移されましたが、霊魂の存在を証明する結果は得られなかったそうです。もっともその実験結果は、昭和53年に刊行された大高医師のもう1冊の著作≪お化けと幽霊≫の文中で覆されることになるのですが・・・

その≪お化けと幽霊≫は、≪津軽霊界下界≫同様に北の街社から刊行。
≪津軽霊界下界≫から4年後の昭和53年の書籍となります。
≪お化けと幽霊≫は、大高医師が幽霊のみならずお化け(妖怪)の存在にも言及した内容で、なんと幽霊の人相学や心霊写真への考察など、ますます大高医師の研究がディープな世界に没入した怪書(笑)となっています。
本書では、くだんの怪談の後日談が詳しく記されています。
大高医師が体験した怪事件と幽霊のスケッチは、地元のテレビや新聞で数多く取り上げられ、遂には日本テレビ系列の番組≪特ダネ登場≫で全国区にまで拡散、大変な反響があったようです。
そして、そのテレビ放送を観た兵庫県明石市の女性から、「その幽霊は私の夫に間違いありません」という申し出があったというのです。
その女性曰く、「夫は海軍兵曹長で当時34歳。青森と函館を結ぶ青函連絡船の警備隊長をしており、昭和20年7月14日、米軍による青森空襲の際に砲弾の破片を全身に浴びて大量出血により死亡した。昭和27年の暮れに夫の幽霊が私の枕元に現れ、“わたしの遺体は津軽海峡を流れ彷徨っている。あるお医者様によろしく頼んだから・・・”と言っていたので、是非ともその場所で供養をしたい」とのこと。
スケッチの描写のなかで最もインパクトのある喉元に開いた大きな穴は砲弾の破片によるものだった、というおぞましい事実まで判明します。
後日、大高医師とその女性が対面。その女性が差し出した夫の写真は大高医師のスケッチと酷似しており、その模様は地元のテレビ局が、写真とスケッチの比較検証まで行うスタイルで放送されたとのこと・・・「くそ~っ、観たかったなぁ。その放送!」と今更ながら地団太踏む私なのです(笑)。
・・・にしても、≪お化けと幽霊≫には、その女性や幽霊となって現れた夫の氏名なども明記されており、やっぱりこれって作り話じゃないんだと思います。

後日談。
その女性が大高医師との面会を終えて兵庫県に帰り、夫の母親に青森県での奇妙な体験を話したところ、突然、母親の様子が一変。水を美味そうに飲み干すと「おかげで帰ってきたよ。くれぐれも祖母や母を大事にしてくれ」と繰り返し言い、「さあ、部下のいる青森に帰るか」と言った途端、母親の様子がもとに戻るという、憑依現象まであったそうな。

私自身は、心霊現象や死後の世界の存在などには懐疑的な人間です。
今回の調査も、子どもの頃に圧倒的なトラウマを植え付けた怪事件の粗探しをしてやろうというバチあたりな動機だったのですが、大高興医師が記した3冊の書籍を読む限りでは、虚言とも幻覚とも言い切れず、何よりこの怪事件に関わった多くの関係者の存在が事実であったことを証明しているようにしか思えないという、何とも釈然としない結論に至ってしまったわけです。
しかし、まだ調査は終わりません。
怪事件から65年経ったいま、くだんの病院がむつ市に残っているとは思えませんが、まだ書籍に記されていない情報などが地元で語り継がれている可能性はあります。知人を頼ってその辺りの聴き込みをしてみようと思います。

先述した、大高医師の霊魂の存在を証明する実験の後日談が≪お化けと幽霊≫に記載されてありましたので一部抜粋します。

この実験の詳細を、わたしは昭和49年≪津軽霊界下界≫に、写真と共に掲載しましたところ、間もなくして、約30人から続々と抗議の手紙や電話がかかって来ました。中には直接本を持参して、面会に来た読者もおります。この方々は、異口同音に「この写真を逆さまにして見れば、こんなにはっきり丸顔の美女が、額に白い手ぬぐいを当て、まるでお棺に寝ているような姿で、写っているではないですか」と。
津軽霊界下界 トラウマ 幽霊
どうですか?その写真を逆さまにしてみましたが、霊が写ってますか?

見える人には見える・・・
この曖昧模糊とした霊魂のあり方こそが、古き良き時代の怪談を愛する私には大切なことなんですよね。
昭和 心霊 トラウマ 幽霊

1960年以降のサブカルチャーを語るとき、忘れちゃあいけないのが、横尾忠則と寺山修司。
グラフィックデザイナーの横尾忠則は1967年、寺山修司が中心となって結成された演劇実験室≪天井桟敷≫のメンバーとして活躍したほか、作家の三島由紀夫の写真集≪薔薇刑≫のデザインワークをはじめ、数々の雑誌、書籍の装丁を手がけるなど、日本のビジュアルカルチャーを牽引してきた第一人者。
そういえば、細野晴臣と交流のあった横尾忠則は、≪イエローマジックオーケストラ≫のメンバー加入を記者発表その日にドタキャンしたことでも有名。横尾さんの在籍するYMOって・・・実現してほしかったなぁ。

あおもりでは現在、この偉大なるサブカルチャーの旗手に関連した催しものが開催されています。
寺山修司記念館(三沢市)の開館20周年を記念する特別企画展≪寺山修司とマンガ≫展と十和田市現代美術館で開催中の≪横尾忠則 十和田ロマン展≫です。
横尾忠則 十和田ロマン展
≪寺山修司とマンガ≫展は、≪あしたのジョー≫や≪風と木の詩≫といったマンガを愛した寺山修司に焦点を当てた企画展ですが、私、残念ながらまだ行けてません(泣)。
≪横尾忠則 十和田ロマン展≫は先日、ようやく時間をやりくりして行って参りました。
ホントは、横尾さんが公開制作を行った特別イベントの日に行きたかったんですけどね・・・叶わず・・・トホホ・・・
十和田市現代美術館
十和田市現代美術館は壁面アートが可愛い美術館。
十和田市現代美術館
正面入り口には巨大ヒアリ(!)が・・・

それにしても横尾さんが十和田湖に愛着をもって下さっていたというのは驚きであり、感激であります。
今回の個展は十和田湖を描いた作品も展示されるということで、私も気合十分だったわけです。
出展された作品の数はあまり多くはありませんが、もう横尾ワールド全開!
写真撮影もOKということもあり、写真撮りまくりな私なのです。
横尾忠則 十和田ロマン展

横尾忠則 十和田ロマン展

横尾忠則 十和田ロマン展

横尾忠則 十和田ロマン展

実は私、横尾作品関連の収集もしております。
さすがにシルクスクリーンは高額で手が出ませんので、オフセット印刷のポスターなんかですけど、一部ご紹介を。
横尾忠則 ポスター
横尾さんの直筆サイン入りポスター
横尾忠則 ポスター
テレビ東京≪お宝鑑定団≫でお馴染み北原照久コレクションミュージアムのポスター
横尾忠則 ポスター
1996年新作展のポスター
横尾忠則 ポスター
山口県で開催された個展のポスター。実は私のコレクションのなかでも一番のお気に入りです。
横尾忠則 装丁
装丁を手がけた書籍、雑誌
寺山修司
日本の浮世絵やロシア構成主義など、さまざまな藝術文化の影響を受けられているであろう横尾作品にはココロを鷲掴みにする魅力が溢れていますね。

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いよいよWOWOWで≪シン・ゴジラ≫が放送されます。
私、≪シン・ゴジラ≫は、ブルーレイソフトを購入してからというもの、ホント毎週観てます。
映画館にも2回足を運びましたので、恐らく10回は観てます。
それでも飽きません。
恐らく来週も週末になればブルーレイで観ちゃうと思いますし、WOWOWのオンエアもチェックしちゃうと思います。
これまで数えきれないほどに複数回観賞した映画には、≪ジョーズ≫、≪七人の侍≫、≪エクソシスト≫、≪ゴッドファーザー≫、≪時計じかけのオレンジ≫なんかがありますが≪シン・ゴジラ≫はその比ではありません。

“それにしても・・・この映画、なんでこんなに面白いんだろう・・・”

その謎を解き明かしたくて、買っちゃいました≪THE ART OF SHIN GODZILLA≫。
シン・ゴジラ
完成台本も付いたこの本、メチャクチャ面白いです。
読み始めてから2週間は経つのに、まだ半分くらいまでしか読めてません。
百科事典くらいの分厚さのなかに、決定稿に至るまでの脚本やスタッフへのインタビュー記事、各種設定資料などなどがこれでもかというくらいに詰め込まれていて、その情報量たるや半端ない。
それでもどんな小さな文字も読み飛ばさず、最近、こんなにもワクワクしながら読書することないんじゃないか、というくらいにハマってます。
シン・ゴジラ
興味深かったのが初期の脚本。
≪ゴジラ VS ビオランテ≫を彷彿させるスパイアクション風の初期脚本が紆余曲折を経て決定稿に至る過程が手に取るようで、≪シン・ゴジラ≫の面白さの秘訣のひとつが、妥協なきストーリーの推敲にあったことが理解できます。
日本映画として初めて、プリヴィズを本格的に導入した意図や、体内に原子炉を有するという荒唐無稽な生物の創出に執拗なまでの生物学的、物理学的説得力を追求したその製作姿勢には驚きを通り越して、敬意すら覚えます。
また、≪ヤシオリ作戦≫決行時に矢口内閣官房副長官を演じた長谷川博己が演説する演技に対して庵野秀明総監督が行ったという演技指導秘話には、ちょっとグッときちゃいました。
ちょっとお値段はお高いですが、≪シン・ゴジラ≫を愛するひとには是非読んでいただきたい1冊であります。

先日、東京出張の際、いつになく東京駅は八重洲口に出てみました。
東京駅 シン・ゴジラ
「おお~っ・・・ゴジラが≪ヤシオリ作戦≫に屈して枕にした東京駅だ・・・」
≪シン・ゴジラ≫を観たあとの東京駅は、なにか特別な聖地のようにも思えましたよ。




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