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 高倉健さんを偲ぶ  2014/11/20 (Thu)
高倉健さんが亡くなりました。
言うまでもなく世界に誇る名優でした。
高倉健
地元紙≪東奥日報≫11月19日発刊

代表作は数えきれないほどありますが、青森県に住む私たちは、≪八甲田山≫と≪海峡≫2作品での高倉健さんとのご縁が最も印象深く、忘れ難いものになっています。
高倉健
高倉健さん主演映画のチラシ

明治35年1月に発生した八甲田山雪中行軍遭難事故を描いた≪八甲田山≫、そして本州と北海道を結ぶ青函トンネル工事を描いた≪海峡≫。いずれも青森県を舞台に大自然の脅威に果敢に挑む男を演じた高倉健さんは、自然との共存を生活の必然とする青森県民の深い共感を生みました。

青森県では、連日の高倉健さんの訃報も、これらご縁のあった作品のロケ中、地元の人たちと気さくに交流されたエピソードを中心に報道されています。
高倉健さんと交流のあった青森県民は誰しもが口を揃えて語っています。
「とてもやさしく、誠実なひとだった」と。
高倉健
新聞では、東日本大震災で被災した子どもの写真を台本に貼り付けて励みにしていたという人柄がうかがえるエピソードも紹介しています。

高倉健さんが映画俳優としての地位を確固たるものにした任侠アクション映画は、公開当時まだ子どもだった私はリアルタイムな思い出はありません。≪網走番外地≫シリーズなどは、テレビ放送されたものを観ていました。
高倉健
≪網走番外地 南国の対決≫≪博徒一家≫のポスター
高倉健
≪網走番外地 吹雪の斗争≫≪暗黒街最大の決斗≫のポスター
高倉健
≪ジャコ萬と鉄≫の縦看板用分割ポスター

やはり最も印象深かったのは昭和52年に公開された≪八甲田山≫です。
高倉健
≪八甲田山≫≪ギャング忠臣蔵≫のポスター

≪八甲田山≫は公開されるまでの間、県内ロケの進捗状況などが度々報道されていたことを記憶していますし、公開時には、青森県全体が、まさに≪八甲田山≫一色になったというほどに盛り上がりましたから。
私も、家族全員で、超満員の映画館でぎゅうぎゅう詰めの立ち見で観た記憶があります。
そして高倉健さんの存在が深く心に刻まれた作品は、≪八甲田山≫の翌年、昭和53年に公開された≪野性の証明≫でした。
高倉健
≪八甲田山≫≪野性の証明≫の前売半券など。

薬師丸ひろ子さんのデビュー作でもあった本作は、角川映画が社運をかけた大作として公開され、大ヒットを記録。
巨大な悪に一人で立ち向かう高倉健さんが格好良くて、アメリカンニューシネマの名作≪明日に向かって撃て≫を彷彿させるラストシーンがとても印象的な作品でした。
高倉健
≪野性の証明≫のプレスシート、PR紙≪野性新聞≫
高倉健
高倉健
≪野性の証明≫公開時の新聞広告など。シネコンの無い時代に県内洋画系映画館複数館での上映は異例でした。

最後に、私が≪八甲田山≫で最も印象に残っているシーンを紹介します。

弘前歩兵第31連隊を率いて八甲田山を進む高倉健さん演ずる徳島大尉。
最大の難関、犬吠峠を道案内し、隊の無事踏破を支えた秋吉久美子演ずる地元村民滝口さわとの別れ。

「かしら右!案内人に対して敬礼!」

権威を振りかざすこともせず、自分たちを支えてくれたひとりの村人に最大の敬意を表する徳島大尉。

恐らくこのシーンこそが高倉健という人間をもっともよく表しているのではないでしょうか。

在りし日の御姿を偲び、心よりご冥福をお祈り申し上げます。










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