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気がつけば、もう10月も中盤。
2ヵ月もブログの更新が滞っておりました。
この2ヶ月、仕事、プライベートともにイロイロとありまして少しばかりお疲れモードの私ではあります。

話題の映画・・・ってもうピークは過ぎちゃったのかな・・・≪カメラを止めるな!≫観ました。
カメラを止めるな!
前半30分のゾンビとの死闘の件で“何これ・・・だ、騙された・・・”とウンザリしていたら・・・なるほどね。
後半部分でグダグダなワンカット撮影の謎が解き明かされ、終いには、何てことのないシーンで“ホロリ”とまでさせられる・・・監督の上田慎一郎さんはなかなかの手練れとお見受けいたしました。
でも、話題作として期待しすぎたせいかな・・・かつて≪カメラを止めるな!≫と同じインディペンデントムービーとして上映され、社会現象にまでなった≪ブレア・ウィッチ・プロジェクト≫ほどの衝撃はなかったかな。
ブレア・ウイッチ・プロジェクト
≪ブレア・ウィッチ・プロジェクト≫はその後、たくさんの亜流作品を生み出すほどインパクト絶大な最恐ホラームービーでしたから。

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今月の初旬、大きな仕事を終えて腑抜けになった私は、心を奮い立たせるためにも前々から検討していた三陸の旅を決行しました。たかが旅行・・・されど三陸の旅・・・≪東日本大震災≫の被災地を巡ることが目的ですので、それなりの覚悟が必要だったわけです。
震災前は時々訪れていた岩手県、宮城県の太平洋沿岸の街々も、震災後は心が折れそうで一度も足を運んでいませんでした。
とは言え、あの日から7年以上が過ぎ、復興が進んでいるであろう街々を見てみたい・・・そして、自分に出来ることなんてたかが知れているけど地元にお金を落とすくらいの支援はできるだろう、と家族とともに訪れたというわけです。
旅行初日、昨年の北海道旅行同様に台風が接近する中、高速道路を利用しておよそ5時間で気仙沼に到着。
気仙沼は、2009年の家族旅行以来ですので、9年ぶりです。
震災の際には、津波と火災により1,350人以上の方々が亡くなられ、壊滅的な被害を被った気仙沼ですが、思った以上に復興は進んでいました。
海鮮市場やシャークミュージアム、氷の水族館などの観光施設もリニューアルされ、風光明媚な街並みも2009年に見た景色と遜色のない印象を受けました。
気仙沼
気仙沼漁港
気仙沼 シャークミュージアム
震災後、リニューアルされたシャークミュージアム。
気仙沼 シャークミュージアム
気仙沼 シャークミュージアム
気仙沼 シャークミュージアム
気仙沼 氷の水族館
氷の水族館。防寒服を着用してマイナス20度の世界を体験します。

気仙沼で昼食を摂り、建設途中故に通行料無料の高速道路≪三陸自動車道≫を利用して石巻市に移動。
石巻市は震災の年の2011年以来ですので、7年ぶりの訪問となります。
石巻市内をドライブした後、≪石ノ森萬画館≫へ。
≪石ノ森萬画館≫は言うまでも無く、≪サイボーグ009≫や≪仮面ライダー≫などを生み出した漫画家、石ノ森章太郎の記念館です。旧北上川の河口に近い中州にあるため、川を遡ってきた高さ5メートルの津波にのみ込まれ、甚大な被害を被りましたが、震災の翌年には営業を再開しました。
石ノ森萬画館
震災直後の≪石ノ森萬画館≫
石ノ森萬画館
頭の無い≪ロボコン≫が悲しい・・・
石ノ森萬画館
≪石ノ森萬画館≫は、≪仮面ライダー≫や≪人造人間キカイダー≫など、石ノ森作品の代表キャラクターを多数展示。
石ノ森萬画館
石ノ森萬画館
石ノ森萬画館
石ノ森萬画館
家族で≪石ノ森萬画館≫を訪れるのは2009年以来ですので、いまは成人した息子たちも当時のことを想いだしたのか、感慨深く観覧していましたね。

宿泊は、南三陸町志津川の≪南三陸 ホテル観洋≫。
南三陸 ホテル観洋
リーズナブルなお値段で、南三陸町の海が見渡せる宿泊部屋や露天風呂を堪能でき、食事も豪華。
早起きして見た、日の出の神秘的な美しさは生涯忘れることはありません。
南三陸 ホテル観洋
南三陸 ホテル観洋
旅行2日目は、南三陸町の≪さんさん商店街≫へ。
さんさん商店街
震災後、仮設商店街としてオープンした≪さんさん商店街≫は、三陸の魚介やスイーツなどの美味しいものを取り扱うお店が軒を連ねる観光商店街。
その≪さんさん商店街≫に近い八幡川のほとりに、あの日、多くの役場職員が犠牲になった≪南三陸町防災庁舎≫があります。
死の直前まで防災無線で町民に避難を呼びかけた役場職員のエピソードは、≪東日本大震災≫にかかる数あるエピソードのなかでもとりわけ胸を打つものとして記憶しています。
南三陸町 防災庁舎
それにして、屋上に避難した人々をのみ込むほどの津波って・・・・想像できません。

帰路は、高速道路を利用せず、宮古市や野田村などの被災地を訪ねましたが、最も衝撃的だったのが、陸前高田市。
他の被災地と比較しても、今なお数多くの震災遺構が保存されている陸前高田市ですが、復興途中の重機が慌ただしく稼働しているも、かつて住宅が立ち並んでいたであろう太平洋沿岸は広大な更地と化し、その向こうにいまや伝説化した≪奇跡の一本松≫がポツネンと見える異様とも言える光景に、車中の家族全員が言葉を失ってしまいましたね。
奇跡の一本松
今回、≪東日本大震災≫の被災地を巡って痛感したのは、“この悲劇は他人ごとではない”ということ。
僅か200~300キロ、車で走った場所にある信じがたい現実の“地続き感”は、実際にその地を訪れないと得られないものでした。ですが、目の当たりにした被災地で感じ取った諸々は私の心のキャパシティには収まりきらず、ただただ理不尽に人生を終えた人たちの鎮魂を祈り、かけがえのない多くを失ったその地で、ひたすら懸命に生活する人たちを思い続けるばかりなのです。
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