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1973年。
当時、小学生だった私は、1本の映画に大変な衝撃を受けました。
正確には、テレビで放送された新作映画の特番かなんかで観たワンシーンに度肝を抜かれたのですが。
そのワンシーンとは、天地逆さまになったパーティ会場で、天井と化した床に固定されたテーブルにしがみついていた男性が悲鳴とともにその手を離した途端、遥か下方の巨大な照明に向かって真っ逆さま・・・米粒のように小さくなった男性は照明に激突。火花を散らし激しく明滅する照明・・・
天地逆転という異様なシチュエーションもさることながら、その一連の衝撃シーンはすべてワンカット撮影。
「な、何?この映画・・・っていうか本当に落下してたよね・・・ってことは演じたひと、死んじゃったってこと・・・?」
それまで、SF映画とか怪獣映画とかしか観てなくて、常識を超越したシーンはすべて特殊撮影だと思っていた私の価値観は完全に打ち砕かれたわけです。
もう、とにかく衝撃的で、次の日、学校に行くなり映画に詳しい友達に尋ねたところ、「それ、≪ポセイドン・アドベンチャー≫というアメリカ映画だよ」と。
「アメリカって凄え・・・ハリウッド映画って、わや(かなり=津軽弁)凄え・・・」
カルチャーショックに身震いする二人の田舎の小学生・・・それが私の人生を変えた映画、≪ポセイドン・アドベンチャー≫との出会いです。
ポセイドン・アドベンチャー
ポスター、チラシ、弘前スカラ座画報。
映画のスペクタクルシーンをグラフィック化したデザインが秀逸です。

ポセイドン・アドベンチャー
前売り半券
≪ポセイドン・アドベンチャー≫って確か文部省推薦映画だったんですよね。

ポセイドン・アドベンチャー
パンフレット、サウンドトラックEP盤
主題歌の≪モーニング・アフター≫はアカデミー賞を受賞しました。

≪ポセイドン・アドベンチャー≫に“大人の映画”への“筆下ろし”をしてもらった(笑)ひとは意外と多いらしく、映画評論家の町山智浩さんも≪映画秘宝≫でその影響を語っていましたね。
日本での公開は、1973年(昭和48年)の3月17日ですから、いまから45年前。
半世紀近く前の作品なんですが、「このてのジャンルものでは≪ポセイドン・アドベンチャー≫を超える作品は無いんじゃないかな・・・」と、最近、観直して痛感したわけです。
ポセイドン・アドベンチャー
≪ポセイドン・アドベンチャー≫、≪ポセイドン・アドベンチャー2≫、≪ポセイドン(リメイク作品)≫のDVDソフト。
2匹目のドジョウを狙った≪ポセイドン・アドベンチャー2≫は大コケしましたね。
リメイクした≪ポセイドン≫は大味な作品でトホホでした。
ポセイドン・アドベンチャー
8mmフィルム。
ビデオソフトが発売される前は8mmフィルムで何度も観直しましたね。

≪ポセイドン・アドベンチャー≫が公開された1970年代前半と言えば、アメリカン・ニューシネマ全盛の頃。
≪真夜中のカーボーイ≫とか≪スケアクロウ≫などの作品に象徴されるように、スタジオ撮影を否定し、低予算で、若者のカウンターカルチャー(反体制的)な思想や行動を描くといった、寺山修司の言葉を借りるならば“書を捨てよ、町へ出よう”的な製作スタイルが主流だったわけです。
巨費を投じてスタジオに絢爛豪華なセットを組んで映画を製作する、というスタイルはもはや時代遅れと言われていたこの時代に突如、現れたのが、スタジオ撮影全開のスペクタクル超大作≪ポセイドン・アドベンチャー≫だったのです。
そのため、ポール・ギャリコの原作に惚れ込み、製作を切望した本作のプロデューサー、アーウィン・アレンは、製作費の調達にとても苦労したようですね。
ポセイドン・アドベンチャー
原作本のハードカバーと文庫本。
ハードカバーは、私が生まれて初めてチャレンジした長編翻訳小説でした。

時代遅れの映画だったはずの≪ポセイドン・アドベンチャー≫は予想外の大ヒット。
この大ヒットを機にハリウッド映画が大作主義に逆戻りしたため、≪ポセイドン・アドベンチャー≫は、アメリカン・ニューシネマを殺した張本人の汚名を着せられる羽目に・・・
でも実は、≪ポセイドン・アドベンチャー≫にはアメリカン・ニューシネマの影響があちらこちらに。
まずはジーン・ハックマンが演じたスコット牧師のキャラ設定。
ポセイドン・アドベンチャー
型破りなスコット牧師。

「神は努力を惜しむ人間に救いの手を差し伸べはしない。神に祈るだけでは人生は切り開けない」と、無神論にも近い説教を力説するカウンターカルチャーな神父がヒーローとして描かれているわけですから。
そういえば、劇中のスコット神父の言葉、どこかで似たような言葉を聴いたことがあるな、と思ったら、ジョン・F・ケネディーの1961年の大統領就任演説でしたね。
「国があなたのために何をしてくれるかではなく、あなたが国のために何ができるかを考えようではありませんか」というケネディーの演説要旨の“国”を“神”に変えれば、スコット神父が言いたかったことにニュアンスが近いのかな、と。
無神論者寄りの神父といえば、≪ポセイドン・アドベンチャー≫の翌年公開された≪エクソシスト≫のカラス神父が思い出されますが、ベトナム戦争が泥沼化していたこの時代、神の不在にかかる問題提起がアメリカ人の精神的ゆらぎを如実に表わしているとするならば、≪ポセイドン・アドベンチャー≫は極めてアメリカン・ニューシネマ的な大作映画と言えるのではないでしょうか。
加えて、資本主義の象徴である豪華客船が転覆し、富や名声が全く通用しなくなってしまった閉塞的空間から、生命や自由という人間の本質的な存在意義を求めて旅(脱出)をするというテーマはアメリカン・ニューシネマに通底するそれではないかと。

先日、寺山修司の評論集≪地平線のパロール≫(1974年)を読んでいたら、寺山が≪ポセイドン・アドベンチャー≫の批評をしていて驚きました。
地平線のパロール 寺山修司
私が、寺山の言葉で特にこころに強く残っている「いつも死ぬのは他人」という言葉の出自が≪ポセイドン・アドベンチャー≫の評論文だったということに殊更驚いたというわけです。
結果的に集団の救済者が、医者でも、警察官でもなく、牧師だったことの意味に言及する寺山修司の≪ポセイドン・アドベンチャー≫論に興味のある方は一読を。

ポセイドン・アドベンチャー クイーンメリー号
ポセイドン号のモデルとなったクイーン・メリー号のプラモデル(レベル社)
このプラモデルで転覆したポセイドン号を作る予定なんだけど、いまだ作製に踏み切れず。
≪ポセイドン・アドベンチャー≫が月曜ロードショーで初オンエアされたとき、コメンテーターの荻昌弘さんの後ろにあったポセイドン号のディスプレイモデルが欲しくてたまらなかったな・・・確か、視聴者1名にプレゼントされたはずだけど。
ポセイドン・アドベンチャー セプテントリオン
≪ポセイドン・アドベンチャー≫のシチュエーションをテレビゲーム化した≪セプテントリオン≫。
映画で描かれた脱出のスリルがゲームで味わえます。
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