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 本を愛でる。  2017/04/16 (Sun)
本との付き合い方はひとそれぞれ。
通勤や通学のお供にバッグに本をしのばせ、電車やバスの中で読書を楽しむひともいれば、図書館などの静謐な空間でじっくり読書に向かい合うひともいる。
かと思うと、入浴しながら、トイレで用を足しながらってツワモノもいたりして・・・
私は寝床派。
常時、枕元には数冊の本が平積みしてあって、その日の気分で読む本を選ぶという乱読タイプです。
不眠症と過眠症をアトランダムに繰り返す傾向にある私の枕元には、不眠症傾向のときは長編小説、過眠症傾向のときはエッセイ集や短編小説集なんかが積み上げられていることが多いです。
まあ、眠れないときはじっくりと長めの文章に向き合い、すぐに眠くなっちゃうときは短めの文章を小刻みに楽しむ、といった単純な理由ですけど。
んで、最近はエッセイ集なんかが平積みになっているという状態。
新年度が始まり、いろいろと仕事が忙しいいまの時期の必需品は、とにもかくにも本。
っていうか、本が無いと、寝床に入ってからいろいろと仕事に関する不安やなんかが頭の中をぐるぐると巡って、まことに精神衛生上よろしくない。
本さえ読んでいれば、そんな余計なことに思いを巡らすことも無く、速やかに眠りにオチますから。
寺山修司
最近ハマっているのが青森県が生んだ鬼才、寺山修司さん。美術家の横尾忠則さんが装丁、構成を手がけた≪書を捨てよ、町へ出よう≫は、帯付のものを入手するのに随分苦労しました(笑)
映画関連本
映画関連本は眠れぬ夜の必須アイテム。

読むのは、ほとんどが古本。
真新しい本は雑誌やムック系で、それ以外は小説にしろエッセイ集にしろ古本が多い。
「誰が読んだかも分からない古本はちょっと・・・ましてや寝床にそんな本を持ち込むなんてあり得ないでしょ」なんてひともいるようですが、私はまったく気になりません。
むしろ、“この本の持ち主はどんなひとだったんだろう”なんて思いが、読書の最中に時折脳裏を過ったりなんかして・・・最近じゃあそれも読書のひと味になってたりします。
稀覯本なんかだと、カバーや帯を破かないように慎重にそろりそろりとページをめくったり・・・だったら寝床なんかじゃなくて、ちゃんとした姿勢、環境で読めよ!って話なんですが、そんな面倒くささまで含めて、それが私の本との付き合い方だったりするのです。

最近は本屋さんも経営が大変なようですね。
やっぱり世は“本離れ”が進んでいますから。
タブレット端末なんかで読書しているひとを時折見かけますが、私のような昭和生まれのオヤジにしてみればやっぱり何かが違うのです。
それが何かは上手く表現できないのですが、本は装丁も含めてひとつの作品ですし、読書はページをめくるときの紙の質感やインクの香り、読み進めていくうちに自分の手に覚える読了の予感といった体感等々をも楽しむ行為だと認識している私にしてみれば、それらを効率的に端折ったものはまずもって受け入れがたいわけです。
そして、文章に限らず音楽や映像などのすべての創造物には、やがては朽ち果てる危うさや儚さがあるべきだ、とちょっと歪んだ考えの私には、背ワレや変色などの心配も皆無な≪本≫を愛でることなど到底できないのです。
寺山修司

【今週のオマケ】
青森市内の本屋さんで見かけて、思わず「これ必要なくなったら貰えますか・・・?」と無心しちゃった≪シン・ゴジラ≫の立て看板。自家用車(軽自動車)に積み込んで家に持ち帰りましたが、なんと約2メートルのデカさ。「よく軽自動車で持ち帰れたなぁ・・・」と我ながら驚きました(笑)。に、しても、快く「どうぞ、差し上げますよ」って言ってくれた本屋さんに感謝。やっぱり地元の本屋さんは大切にしなくては、ね。
シン・ゴジラ






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