back to TOP

admin |  RSS
コミックの映画化の勢いが止まらない。
1970年代に月刊少年チャンピオン誌上などで展開されていた映画のコミカライズ(漫画化)は大好物な私だけれど、コミックの映画化にはいまひとつ食指が動かなかったりする。
映画コミカライズ 劇画ロードショー
最近熱を上げている、昭和映画コミカライズ本コレクション。
映画コミカライズ 劇画ロードショー
少しづつですが、根気よく収集中です(笑)。

小説の映画化なら、文字のみで表現されていた世界観なりをどう解釈し映像化するのか・・・それが楽しみだったりもするんですけど。
かつて大好きだったコミックが鳴り物入りで映画化され、ことごとく悲惨な結果に終わっちゃったという記憶も大きく影響してるかなぁ。
やっぱりコミックは極端な話、ペン1本で地球壊滅なんていう壮大なスケールのお話なんかも視覚的に表現できちゃうという意味では、圧倒的な費用対効果を誇るわけで、CGが進歩した昨今とは言え、ちょっと製作費をケチっちゃえば「ちゃちい」の一言で作品の本質的評価すらしてもらえない現実をみると、コミックの映画化というのは依然としてハードルが高いのかも・・・
そんなことをあれこれ思いながら、観た≪ミュージアム≫。
ミュージアム
監督は、NHK大河ドラマ≪龍馬伝≫や≪るろうに剣心≫シリーズの大友啓史さん。
主演は、主人公の刑事が小栗旬さん、猟奇殺人犯≪カエル男≫が妻夫木聡さん、そして脇を固めるのが、尾野真千子さん、松重 豊さん等という演技力には定評のある豪華な役者さんが顔を揃える話題作です。

“まずはコミックを読んでみようか”と、最近≪ミュージアム 完本≫として上下巻で発売された巴亮介さんの原作コミックを購入。
ミュージアム
巴亮介さんの漫画はこれまで読んだことがありませんが、リアルな作画と緻密な人物描写、なかなかのストーリーテラーだとお見受けいたしました。
“ヤバイ・・・面白い・・・最後まで読んじゃおうか・・・でも衝撃の結末とやらはやっぱ映画に残しとくべきだよなぁ・・・”と、あれこれ迷った挙げ句、結局、最終章≪ハッピー・バースディ≫の手前でコミックを閉じ、映画館に駆けつけたというわけです。

トレーラーなんかの印象だと、デヴィッド・フィンチャー監督の傑作サイコスリラー≪セブン≫とあまりにも似通った世界観が不安を煽る≪ミュージアム≫ですが、実は原作コミックそのものが≪セブン≫の影響下にある作品なんですよね。
誰もが、日々の生活のなかで何気に犯している他愛無い、些細な罪。
≪セブン≫には、そんな些細な罪を犯したひとをカトリック教会の≪七つの大罪≫の教理にもとづいて処刑する猟奇殺人鬼が登場しますが、≪ミュージアム≫は、「罪人の処刑は芸術活動の一環。芸術は爆発だ~!」と主張する、ダークサイドに転落した岡本太郎さんのような猟奇殺人鬼(それも≪カエル男≫!)が登場します。
ミュージアム
≪セブン≫の類似点として度々引用される始終雨の降りしきる街中の描写や人生に疲弊しやさぐれた登場人物の描写も、実はしっかりとした・・・いえいえ、物語の“要”となる理由づけがあったりして、原作を手がけた巴亮介さんは≪セブン≫の模倣犯にして、批判回避の根回しにも余念が無い、なかなかの確信犯でもありますね(笑)。

映画≪ミュージアム≫は、極めて原作コミックに忠実。演出も手堅く、気を衒うことのない堅実な刑事ドラマという印象でしたね。
原作に忠実すぎるが故、コミックで受けた衝撃を凌駕するほどの映像的インパクトは無かったかな。
ドキッ!としたり、ドキドキ・・・したりするシーンの画角がコミックと瓜二つだったりもしますし。
加えて、≪セブン≫かと思いきや、前半はリドリー・スコット監督作品にして松田優作さんの遺作となった≪ブラック・レイン≫を彷彿させたり、ジョナサン・デミ監督の≪羊たちの沈黙≫や“これってもしかして≪吸血鬼ドラキュラ≫の引用?”なんてシーンもあったりして、何やらいろいろな映画の影響下にありそうです。
ミュージアム
なんだかんだ言っても楽しめた作品だったのですが、実はいくつか残念に思えた部分もあったりします。
ひとつだけあげるならば、仕事にばかり打ち込んで家庭を顧みない夫(小栗旬さん)に愛想を尽かし、子どもとともに家を出ていくときの妻、尾野真千子さんの台詞。
原作コミックでは、「アナタ・・・・刑事としては優秀かもしれないけど、父親(おとこ)としては最低よ・・・・」だったのが、映画版では、「アナタ・・・・刑事としては優秀かもしれないけど、父親(ちちおや)としては最低よ・・・・」に変えられていたこと。
実は私、原作コミックのなかで最も背筋がゾワッとしたのがこの台詞だったんです。
仕事ばかりで子どもとの交流が欠落した亭主をいつも失望のまなざしで見つめていた妻。
父親の愛情が満足に得られない我が子を不憫に思えばこその夫婦の決別ならば“しょうがないね”となりますが・・・「アナタ、(おとこ)としては最低よ・・・・」ときた。
そうです・・・そうなんです。
仕事にばかり熱を上げて勝手に疲弊し、自分に指ひとつ触れなくなった(おとこ)としての夫に対して、妻が引導を渡したとも読み取れるのです。
父親としての資質の欠落を決別の表向きの理由としながらも、女性としてのプライドを傷つけられたことの失意を最後の言葉に選ぶ女性の奥深い心理を表現した秀逸にして恐い台詞だと思ったんですけどね。
ミュージアム
小栗さんも女性の心理に相当ビビってます。(嘘)

スポンサーサイト
Template by :FRAZ