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今日は絵本。
とくに絵本集めに夢中になっているわけではありませんが、一応子育ても経験していますので、私ん家の本棚にはそこそこの数の絵本があります。
そんな中には変わりダネの絵本も・・・

まずは、今や世界の村上春樹さん(笑)が手がけた≪羊男のクリスマス≫。
絵本 村上春樹
内容は、ちょっと≪不思議の国のアリス≫に似てるかな?
比較的文字数の多い絵本ですので、子どもへの読み聞かせにはちょっとしんどいですが、物語に登場するキャラクターなど、佐々木マキさんの絵がとても楽しく、大人でも十分に楽しめちゃいます。

お次は、ロックバンド≪トーキング・ヘッズ≫のフロントマン、デヴィッド・バーンが制作した絵本≪Stay Up Late おこしていたい、おそくまで≫です。
≪トーキング・ヘッズ≫は1970年代後半にメジャーデビューしたニューウェーヴバンドで、、1980年に発表した4枚目のアルバム≪リメイン・イン・ライト≫は、ロック・シーンに燦然と輝く名盤として今なお語り継がれています。
デヴィッドバーン
デヴィッド・バーン

この絵本は≪トーキング・ヘッズ≫が1985年に発表した6枚目のアルバム≪ リトル・クリーチャーズ≫収録曲≪Stay Up Late≫の歌詞の世界観を、イラストレーターのマイラ・カルマンが個性的なイラストで表現する構成になっています。
stay up late デヴィッド・バーン
妹が生まれたときのデヴィッド・バーン自身の思い出がもとになった歌詞が可愛らしく、とてもアーティステックな絵本でもあります。

なんと、怪獣王≪ゴジラ≫も絵本になってます。
それも飛び出す絵本・・・今はポップアップって言うんですか?
1954年公開の初代≪ゴジラ≫の物語が全5ページで簡潔に語られています。
ポップアップ絵本 ゴジラ伝説
繰り返される水爆・原爆の実験で誕生した≪ゴジラ≫。
ポップアップ絵本 ゴジラ伝説
大戸島で姿を現す≪ゴジラ≫。
ポップアップ絵本 ゴジラ伝説
人類の高圧線攻撃も、ものともせず・・・
ポップアップ絵本 ゴジラ伝説
実況中継を行うテレビ塔を捻り倒します。
ポップアップ絵本 ゴジラ伝説
大暴れした≪ゴジラ≫は、芹沢博士が発明したオキシジェン・デストロイヤーによって断末魔の叫びをあげ、芹沢博士もまた自らの命を絶ちます・・・
ポップアップ絵本 ゴジラ伝説

最後に私にとって、最も思い入れの深い絵本を。
≪コブタの気持ちもわかってよ≫。
コブタの気持ちもわかってよ
20年程前、私たち夫婦が初めての子育てに奮闘していたときに出会った絵本です。
未熟な親故に、とかく幼かった長男に厳しく接することが多かった私は、この絵本を初めて読んだときに涙が止まらなくなって深く反省。親としてのあり方を再認識しました。
つたない言葉でしか自己表現ができない子どもの心情が、シンプルなイラストとともに切実に語られる“大人(親)のための”絵本です。
≪星の王子さま≫の作者サン=テグジュペリの言葉、“父親が子どもにしてやれる最高の教育は、その子の母親を心の底から愛することだ”に象徴されるように、要は、子どもの母親、そしてその子が“自分は愛されている”という実感を得られているか、が大事なんだと思います。その実感さえ得られていれば、ちょっとくらい厳しく接する場面があっても、家庭内の“空気感”は決して息苦しいものにはなりませんから。

ある意味、私の人生に最も大きな影響を与えた一冊かも知れませんね。

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私が多感な時期をおくった昭和40年、50年代というのは、今想えばとても不思議な時代だったように思います。
戦後20年以上が経過していましたが、親、学校の先生はもとより、社会を支える主な世代層は戦争経験者でしたので、高度成長期を迎え、社会が大きく変化したなかでも戦前・戦中の思想や価値観がちょっとした弾みで見え隠れする・・・なんかそんな時代だったように思います。
加えて、世の中が豊かになり、メディアの発展とともにさまざまな情報が巷に溢れだすと、それまでのタガが外れたように、子どもに向けて発信される情報の取捨選択も曖昧になったんじゃないでしょうか。
“売れるんだったら子どもだろうがなんだろうが売っちまえ”とでも言わんばかりに、暴力的・猟奇的なものが子ども向けのテレビ番組や雑誌なんかでも表現され始めたのは正にこの頃からだったように思います。
今回は、そんな時代を象徴するものをいくつかご覧いただきましょう。

まずは少年向けのまんが誌≪少年チャンピオン≫の昭和46年5月24日号です。
少年チャンピオン
当時の連載まんがは、一峰大二さんの≪宇宙猿人ゴリ≫や手塚治虫さんの≪アラバスター≫など。
その巻頭特集がなんと≪武士道≫。
少年チャンピオン
切腹の作法や三島由紀夫さんの切腹事件を写真入りで特集しています。
少年チャンピオン
そしてこの特集は次のように結ばれています。

“たとえば、きみが学校の成績がどうしてもよくないとする。(中略)ただし、先生におべっかを使ってまで、いい点をとりたいとは思わないだろう。それは男として恥ずべきことだと思うだろう。(中略)70年代はますます科学の時代になり、これからの諸君の生活に多くの変化が忍び寄ってくるとき、諸君はいまこそ諸君の「武士道」を早く見つけ、おおしく生きていかなければならない”

・・・なんか道徳の授業のようですね(笑)。

当時は、学生紛争が盛んで、≪カムイ外伝≫や≪あしたのジョー≫など、学生の思想や行動理念に大きな影響を与えたまんがも少なくありません。
泥沼化するベトナム戦争を背景に、既成の価値観を否定するアメリカンニューシネマが産声をあげたように、日本でも“これって子どもには過激すぎない・・・?”ってなまんがが数多く誕生します。
私の精神面に大きな影響を与えたまんがのひとつに≪荒野の少年イサム≫があります。
荒野の少年イサム
西部開拓時代のアメリカに渡米した日本人の少年が、極悪人の三兄弟に育てられながらも正義を貫き、最後には、育ての親の三兄弟と対決する物語なんですが、悪人はもちろん、誠実に生きている登場人物もことごとく悲惨に死んでいく・・・子供心に“なんて哀しい物語なんだろう・・・”と溜息をつきながらも夢中で読んでいた記憶があります(笑)。
誰しもがアメリカ文化に憧れていた時代でしたから、銃社会のアメリカさえ刺激的だったのかも知れませんね。
拳銃画報
この時代、私を震え上がらせたのが梅図かずおさんの一連の恐怖まんがです。
梅図かずお マンガ
特に≪のろいの館≫のタマミちゃんの恐さは、当時小学生の私には強烈すぎました。
近年話題になったホラー映画≪エスター≫を観たときに、タマミちゃんを思い出したのは私だけでしょうか?

恐らくは、テレビや一眼レフカメラが家庭に普及したせいでしょうか。
映像や写真が持つ神秘性やこれら媒体による記録保存に対する過信などが心霊写真などの神秘主義を助長します。
出版界でも神秘主義は大ブーム。
心霊評論家の中岡俊哉さんなどの著作物が子どもたちを震え上がらせました。
UFO 幽霊
いまのようにCG加工なんて出来なかった時代・・・
心霊写真
心霊写真はやっぱこの時代のものが一番恐いです。

子どもたちを夢中にさせた特撮ヒーローや怪獣、海外SFものなどのMOOKが数多く出版されたのもこの時代。
夢中になってこれらMOOKを読んでいると、突如、来るべき未来が不安になるようなディストピア映画の紹介が・・・
SF探検
ジョージ・オーウェルの≪1984≫やリチャード・フライシャー監督の≪ソイレント・グリーン≫、レイ・ブラットベリの≪華氏451度≫の世界観なんて子どもには理解できんって・・・未来がたちまち暗黒に・・・(笑)。

こんな子ども向けのMOOKでさえ、トラウマになりそうな内容がたくさん。
昭和 少年誌
秋田書店発行の≪怪奇大全科≫のページを開くと・・・
昭和 少年誌
≪悪魔のいけにえ≫や≪悪魔の沼≫といったトビー・フーパー監督の猟奇作品や・・・
昭和 少年誌
トラウマ映画の代表作≪吸血の群れ≫や≪スクワーム≫(画像は自主規制いたしました(笑))などなど・・・一度みたら頭から離れないような衝撃写真が続々と!

ホント、昭和の時代は子どもだって容赦しませんね(笑)。









≪電子音楽≫と呼ばれるジャンルが注目され始めたのは1970年代の初頭。
1960年代にも、テープを音源とした電子楽器≪メロトロン≫が≪キングクリムゾン≫や≪ビートルズ≫などのレコーディングに使用され、その不思議な音色が話題になったりしましたが、1968年、ワルター・カルロス(現在は性転換し、ウェンディ・カルロス)が制作したアルバム≪スィッチト・オン・バッハ≫は、シンセサイザーでバッハの楽曲を表現し、「なんじゃ、これ!?」と人々の度肝を抜きました。
スィッチト オン バッハ
ウェンディ・カルロスは後に、スタンリーキューブリックの映画、≪時計じかけのオレンジ≫や≪シャイニング≫などの音楽を手がけました。

テクノロジーの進化に伴い、どのジャンルにおいても新たな可能性を追求するのは人類の常。
音楽・・・特に商業性と学術性のせめぎ合いのなかで進化することを運命づけられたロックミュージックは、既成の音楽を超越する可能性を秘めた電子楽器を積極的に導入し始めます。
そんな≪電子音楽≫の歴史のなかでも特に重要なのが、ドイツでの≪電子音楽≫への取り組みです。
なかでも≪クラフトワーク≫。
彼らが≪電子音楽≫を世界中に普及・浸透させたといっても過言ではありません。

デュッセルドルフ芸術専門学校でクラシックを学んでいたラルフ・ヒュッターとフロリアン・シュナイダーにより結成された≪クラフトワーク≫は、1970年に、クラウス・ディンガー、マイケル・ローザーが加入するも、後にこの2人は脱退して≪ノイ≫として活動。≪クラフトワーク≫は、新たにクラウス・ローダーとヴォルフガング・フラーをメンバー迎えて現在に至ります。

1970年、≪クラフトワーク≫はファーストアルバム≪KRAFTWERK≫を発表。
一部からの評価は得たものの、実験性が色濃く、広く支持を得たとは言い難い作品でした。
クラフトワーク
1stアルバム≪KRAFTWERK≫。日本発売版と輸入版。微妙にコーンの色合いが違います。

初期メンバーのラルフとフロリアンがプロデュースした3rdアルバム。
12インチシングル≪TOUR DE FRANCE≫は映画の挿入曲。
クラフトワーク
彼らの存在を世に知らしめ、セールス的にも大ヒットとなったのが≪AUTOBAHN≫です。
22分38秒にも及ぶ表題作は軽快で心地よい楽曲。≪RADIO-ACTIVITY(放射能)≫の収録曲はYMOの細野さんのカバーでも知られています。
クラフトワーク
≪クラフトワーク≫のパブリックイメージを決定づけたのが≪THE MAN・MACHINE(人間解体)≫。恐ろしくインパクトがあるジャケット故に、最も有名な≪クラフトワーク≫のアルバム。
≪TRANS-EUROPE EXPRESS(ヨーロッパ特急)≫には≪ショールーム・ダミー≫や表題曲など、彼らの代表曲が満載。
クラフトワーク
テクノポップ王国、日本に敬意を払い(?)、日本語の歌詞も導入された≪COMPUTER・WORLD≫は1981年リリース。
CG化されたメンバーのPVが話題になった≪ELECTRIC CAFE≫と、同アルバムからのヒット曲≪MUSIQUE NON STOP≫の12インチシングル。
クラフトワーク
アナログシングル盤と、ちょっと珍しいラジオ局プロモーション用12インチシングル。収録曲は≪モデル≫と≪ショールーム・ダミー≫。
クラフトワーク
CDのベスト盤とライヴ盤はいずれも輸入盤。
クラフトワーク

そして≪クラフトワーク≫を知る書籍の数々。
クラフトワーク
パスカル・ビュッシー著、≪クラフトワーク≫。
テクノ本
その他諸々。

40年もの間、ブレることなく≪電子音楽≫を制作し続け、一貫したパブリックイメージを保ち続けている稀有なバンド≪クラフトワーク≫。彼らが奏でる音楽を≪テクノ≫とひと括りにすることは容易いのですが、なぜか、彼らだけはそんな括りに収まらない気がします。
パイオニアとしての風格、今日生みだされる数多の新たな音楽への影響力を考え、敢えて≪電子音楽≫。
彼らが奏でる音楽はそう呼ぶのが相応しいかと。















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