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今回は小説の映画化作品について。
そう言えば、先日観た≪ジュラシックワールド 炎の王国≫も元はマイケル・クライトンのベストセラー小説。
思えば、1993年公開の≪ジュラシックパーク≫はホント衝撃的な映画でした。
太古の恐竜を現代に復活させるという荒唐無稽な物語を、遺伝子工学を駆使して実現するという説得力もさることながら、当時、まだ発展途上にあったコンピュータグラフィックで表現された恐竜のリアリティはホンモノと見間違うほど。
映画館で何度も感動の声を漏らしたのを憶えています。
その後、シリーズ化された本作は、3作品製作された後、タイトルを≪ジュラシックワールド≫と改名。
≪ジュラシックワールド 炎の王国≫は新シリーズの2作目となります。
恐竜に関する学説の更新をいち早くとり入れることで有名な本シリーズですが、≪ジュラシックワールド 炎の王国≫に登場する新恐竜インドミナス・レックスの後頭部には僅かながら羽毛のようなものが・・・
ジュラシックワールド 炎の王国
インドミナス・レックスの後頭部にそよぐ羽毛・・・

これは中国で発掘された肉食恐竜の化石に羽毛のようなものが認められたことによるものらしいですね。
でも、体毛フサフサのティラノサウルスって・・・・ちょっとイメージダウンです。

昭和の文豪、三島由紀夫がSF的アプローチによる人間描写に挑んだ異色小説≪美しい星≫もようやく映画化されましたね。
かつて、YMOの細野晴臣さんが「映画化したい」と公言していた本作の映画化を実現したのは、≪桐島、部活やめるってよ≫、≪紙の月≫を手がけた吉田大八監督。
美しい星
三島文学を愛するひとにしてみれば、満を持しての映画化ということなのですが、観賞後は何か複雑な気持ちにさせられる作品に仕上がっているのではないでしょうか。

小説≪美しい星≫は、“自分は宇宙人だ”と信じている家族の物語で、父親は火星人、母親は木星人、長男は水星人、長女は金星人であると信じているがために起きる社会との摩擦やさまざまな事件との関わりを通じて人間の本質、存在意義に肉迫する寓話的作品と言えます。
美しい星
正直、物語の展開そのものはとても分かりやすいのですが、内包するテーマが重厚かつ複雑で、とりわけクライマックスの“ディベート”対決の場面は、作者自身が抱いているであろう切実な人類への愛着と諦念が目まぐるしく入り乱れて圧巻!何度もページをめくる手を止め、前のページに戻ったりで、理解するのに苦労しました。
その点、映画化作品はとても分かりやすい。
その分、原作ファンには物足りなさもあるというわけです。
美しい星
私が最も気になったのは、原作で、主人公が人類滅亡にかかる深刻な危機意識を持つ対象が≪核兵器≫だったのに対して、映画化作品では、≪地球温暖化≫に改められていたこと。
“美しい星”である地球を崩壊し人類を滅亡に追い込むのは≪核兵器≫だからこそ、人類を根絶やしにする兵器を保有し、有事にはこれを使用せんとするエゴイズム、ひいては人間のあり方に鋭く言及するのが原作なんですが、映画化作品は≪地球温暖化≫に改めたがために、これら人間のあり方への問題提起が薄れたことは否めない・・・・・現に作中にも「温暖化は地球環境の周期によるものかも知れません」という台詞も出てきますし・・・・・人間が深く関わらずとも訪れる地球滅亡の危機を示唆する展開は、主人公が気が違ったとしか思えないほどに真摯な言動で人類への環境保護の重大さを訴えたところで「・・・そうは言っても、人間がどうこうできる問題じゃないんでしょ・・・」と白けさせちゃうだけだと思うんですけど。
やっぱり時代背景を考えるとやむを得ない改変だったんでしょうか。

ほかにも映画化版≪美しい星≫は、原作では自称≪木星人≫だった母親だけを宇宙人家族のなかで唯一マトモな≪地球人≫として描くことで、観客が抱く違和感や疑問の代弁者の役割を与えているほか、物語終盤、主人公と“ディベート”対決を繰り広げる羽黒助教授等論客3人組(この人たちも自称≪宇宙人≫!)の件も割愛されています。
原作では、“美しい星”に対する定義が相反する主人公とこの論客3人組が、「人類を救うべき」、「いや、人類は滅ぶべきだ」と延々数十ページにわたって論争を繰り広げるのです。
そしてその論争は、もし人類が滅んだとしたら主人公が捧げたいとする碑文で締めくくられます。

地球なる一惑星に住める 人間なる一種族ここに眠る。
彼らは嘘をつきっぱなしについた。
彼らは吉凶につけて花を飾った。
彼らはよく小鳥を飼った。
彼らは約束の時間にしばしば遅れた。
そして彼らはよく笑った。
ねがはくはとこしなへなる眠りの安らかならんことを。

素朴ながら何か胸を打つ碑文ですね。
いろいろと批判的な感想を述べてしまいましたが、小説の映画化にあたっては、いかに映像作品として成立させるかを十分に勘案し、製作に臨むのは当然ですし、原作とまったく同じ展開の映画化だとつまらない、というのも正直なところです。
≪美しい星≫も父親役のリリーフランキーさんの怪演は必見ですし、原作にはない、主人公家族が≪宇宙人≫としての自我に覚醒するシーンなど映画化作品ならではの見どころもあり、十分に楽しめます。
小説にしろ漫画にしろ、すでに完成された作品を改めて映画として再構築する作業は思いのほか大変なことなんでしょうね。

【懐かしの映画原作本集】

映画原作本
映画化された有名小説作品の数々。≪人間失格≫、≪太陽の季節≫、≪ああ荒野≫、≪沈黙≫など
映画原作本
海外の映画化されたベストセラー小説やノベライズ小説。≪ジョーズ≫、≪ゴッドファーザー≫など。
映画原作本
映画化作品の珍品集。はたして帯に“映画化”と自慢げに書かれた≪プロメテウス・クライシス≫は映画化されたんでしょうか・・・?
映画原作本
映画原作本
ハヤカワノベルズのシリーズは映画化作品の装丁が楽しいですね。






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ここ1週間の私的ビッグニュースと言えば、サッカーワールドカップの日本代表チームの敗退はもちろんですが、なんと言ってもチャットモンチーが7月4日に武道館で行ったラストワンマンライヴですね。
チャットモンチー
仕事があるんで、さすがに参戦することは出来なかったけど、WOWOWで放送された生中継で彼女らの勇姿はしっかりと記憶に焼き付けました。
ライヴ終盤、感極まり涙するふたりの姿に私も思わずもらい泣き(笑)。同時にいろいろな思い出が蘇りました。

チャットモンチーは、テレビの音楽番組で≪シャングリラ≫のパフォーマンスを観たのが最初ですから、2006年、今から12年前です。
当時の私は、遅らせばながらニルヴァーナなんかのグランジロックにハマっており、邦楽からはちょっと距離を置いていたのですが、テレビで観たチャットモンチーのパフォーマンスに衝撃を受けました。
加えて、後に彼女らの代表曲となる≪シャングリラ≫のキャッチーでありながら骨太なサウンド、独特な歌詞にも魅了されましたね。

“携帯電話を川に落としたよ。笹船のように流れてったよ。アアア・・・”

きっと、携帯電話を川に落としたら、笹船のようには流れていきません。ぶくぶくと沈んじゃいます。(笑)
でも、恋する男性目線で書かれたこの歌詞に違和感はありません。
大好きな女性との心のすれ違いをどうすることも出来ないままに会話を終えた携帯電話は、本当の気持ちを伝えたい思いに揺らぎながら、きっと水面を笹船のように流れていくんだと思いますから。

ミニアルバムの≪chatmonchy has come≫、ファーストアルバムの≪耳鳴り≫、セカンドアルバムの≪生命力≫と、音楽的にもセールス的にも躍進を続ける彼女らのライヴに初参戦したのは、2009年5月14日、青森市民ホールで行われた≪Hall in love Tour 2009≫の青森公演。
伝説のバンド≪スーパーカー≫のメンバーであり、チャットモンチーのプロデューサーでもあった青森県十和田市出身のいしわたり淳治さんが客席にいたため、初のホールツアーの緊張に輪をかけて・・・という過酷な状況下で行われたライヴでしたね(笑)。
チャットモンチー
2009年5月14日、青森市民ホールで行われた≪Hall in love Tour 2009≫の青森公演での記念撮影。

同年8月22日、宮城県≪風の草原≫で開催された野外ロックフェス≪ROCK ROCK こんにちわ in 仙台≫が2度目。
スピッツがプロデュースした野外フェスで、参加アーティストは、チャットモンチーのほか、スキマスイッチ、MONGOL800、KREVA、ユニコーン、アジアンカンフージェネレーション、スピッツ、そしてスペシャルゲストが平井堅という面々でした。
この野外フェスは“いつかは自分の子どもと大好きなロックイベントに参加したい”という思いが達成できた、私的にはとても思い出深いイベントでした。
もっとも、当時中学生だった次男坊は、炎天下の下、始終立ちっぱなしの野外フェスに懲りたらしく、それ以後は私の誘いを頑なに拒み続けたため、最初で最後の親子参戦になってしまいましたけど(泣)・・・まあ、だからこそ、私にとっては、忘れられない思い出
になっています。
初っ端に登場したチャットモンチーは、ユニコーンなどの大御所バンドに負けないくらいにパワフル。同年3月にリリースした≪告白≫からの楽曲に≪シャングリラ≫などの代表曲を加えたセットリストで盛り上げてくれました。
息子とともに観たチャットモンチーのライヴは、ホント、私の今際の際、走馬灯のように巡るであろう記憶の一場面として必ず現れるであろう思い出です(笑)。
ロックロックこんにちわ
≪ROCK ROCK こんにちわ in 仙台≫等々、チャットモンチーのライヴチケットの半券は大切な思い出の品。

3回目にして、最後のライヴ参戦は2012年の全国ツアーで訪れた、≪青森QUARTER≫です。
前年8月にドラムの高橋久美子さんが脱退し、二人体制となったチャットモンチーのライヴでした。
ライヴハウス故、真近で観る橋本絵莉子さん、福岡晃子さんの可愛くカッコいいお姿におじさんメロメロ(恥)。
演奏フレーズを連続再生する機器≪ループステーション≫の導入や、二人がドラム、パーカッションなどの楽器を複数演奏することで3人体制の頃と遜色ないパフォーマンスを展開するなど、サポートメンバーを入れることなく、努力と工夫で成し遂げたこのライヴ体験は、単なる娯楽(=音楽)という枠を超えて、私の人生観にも影響を与えてくれたように思えます。
他力本願で苦境を乗り越えることが当たり前になっていたオヤジが、娘ほど年齢の離れた女の子たちに真摯に仕事に取り組む姿勢を学ぶなんて情けないにも程がありますが、彼女らのひたむきな姿にとても感動したことをいまでも憶えています。
チャットモンチー

そして解散・・・否、「完結」。
ラストアルバム≪誕生≫は、打ちこみなどの新たな表現手法を導入した意外なものでした。
チャットモンチーといえば、生音やアンサンブルにこだわりのあるバンドという印象でしたので、初期の楽曲を知るファンにしてみれば違和感も否めないと思いますが、私は大好きなアルバムです。
オリジナルメンバー二人による曲づくりやライヴパフォーマンスへのこだわりを追求した結果行きついた手法が打ちこみなんだと思うし、何より素晴らしいのは彼女ら自身が新しい手法の導入によってもたらされた新しい表現のカタチを思いっきり楽しんでいること!
チャットモンチー
私のチャットモンチーのベストアルバムはこの3枚です。≪耳鳴り≫、≪告白≫、そしてラストアルバム≪誕生≫。

≪誕生≫の7曲目、≪びろうど≫で子どもの声がコーラスに混じっているな、と思ったら、何と橋本絵莉子さんのご子息でした。
≪シャングリラ≫でブレイクした頃、まだ幼さが残っていた橋本さんもいまは一児の母なんですね。
親と子を繋ぐ音楽・・・思い出すのはやっぱり、息子を急き立てて豆粒のようなチャットモンチーに向けて一緒に手を振った、あの2009年の夏の日のこと・・・

ああ、何と幸せなラストアルバムなんだろう!




1973年。
当時、小学生だった私は、1本の映画に大変な衝撃を受けました。
正確には、テレビで放送された新作映画の特番かなんかで観たワンシーンに度肝を抜かれたのですが。
そのワンシーンとは、天地逆さまになったパーティ会場で、天井と化した床に固定されたテーブルにしがみついていた男性が悲鳴とともにその手を離した途端、遥か下方の巨大な照明に向かって真っ逆さま・・・米粒のように小さくなった男性は照明に激突。火花を散らし激しく明滅する照明・・・
天地逆転という異様なシチュエーションもさることながら、その一連の衝撃シーンはすべてワンカット撮影。
「な、何?この映画・・・っていうか本当に落下してたよね・・・ってことは演じたひと、死んじゃったってこと・・・?」
それまで、SF映画とか怪獣映画とかしか観てなくて、常識を超越したシーンはすべて特殊撮影だと思っていた私の価値観は完全に打ち砕かれたわけです。
もう、とにかく衝撃的で、次の日、学校に行くなり映画に詳しい友達に尋ねたところ、「それ、≪ポセイドン・アドベンチャー≫というアメリカ映画だよ」と。
「アメリカって凄え・・・ハリウッド映画って、わや(かなり=津軽弁)凄え・・・」
カルチャーショックに身震いする二人の田舎の小学生・・・それが私の人生を変えた映画、≪ポセイドン・アドベンチャー≫との出会いです。
ポセイドン・アドベンチャー
ポスター、チラシ、弘前スカラ座画報。
映画のスペクタクルシーンをグラフィック化したデザインが秀逸です。

ポセイドン・アドベンチャー
前売り半券
≪ポセイドン・アドベンチャー≫って確か文部省推薦映画だったんですよね。

ポセイドン・アドベンチャー
パンフレット、サウンドトラックEP盤
主題歌の≪モーニング・アフター≫はアカデミー賞を受賞しました。

≪ポセイドン・アドベンチャー≫に“大人の映画”への“筆下ろし”をしてもらった(笑)ひとは意外と多いらしく、映画評論家の町山智浩さんも≪映画秘宝≫でその影響を語っていましたね。
日本での公開は、1973年(昭和48年)の3月17日ですから、いまから45年前。
半世紀近く前の作品なんですが、「このてのジャンルものでは≪ポセイドン・アドベンチャー≫を超える作品は無いんじゃないかな・・・」と、最近、観直して痛感したわけです。
ポセイドン・アドベンチャー
≪ポセイドン・アドベンチャー≫、≪ポセイドン・アドベンチャー2≫、≪ポセイドン(リメイク作品)≫のDVDソフト。
2匹目のドジョウを狙った≪ポセイドン・アドベンチャー2≫は大コケしましたね。
リメイクした≪ポセイドン≫は大味な作品でトホホでした。
ポセイドン・アドベンチャー
8mmフィルム。
ビデオソフトが発売される前は8mmフィルムで何度も観直しましたね。

≪ポセイドン・アドベンチャー≫が公開された1970年代前半と言えば、アメリカン・ニューシネマ全盛の頃。
≪真夜中のカーボーイ≫とか≪スケアクロウ≫などの作品に象徴されるように、スタジオ撮影を否定し、低予算で、若者のカウンターカルチャー(反体制的)な思想や行動を描くといった、寺山修司の言葉を借りるならば“書を捨てよ、町へ出よう”的な製作スタイルが主流だったわけです。
巨費を投じてスタジオに絢爛豪華なセットを組んで映画を製作する、というスタイルはもはや時代遅れと言われていたこの時代に突如、現れたのが、スタジオ撮影全開のスペクタクル超大作≪ポセイドン・アドベンチャー≫だったのです。
そのため、ポール・ギャリコの原作に惚れ込み、製作を切望した本作のプロデューサー、アーウィン・アレンは、製作費の調達にとても苦労したようですね。
ポセイドン・アドベンチャー
原作本のハードカバーと文庫本。
ハードカバーは、私が生まれて初めてチャレンジした長編翻訳小説でした。

時代遅れの映画だったはずの≪ポセイドン・アドベンチャー≫は予想外の大ヒット。
この大ヒットを機にハリウッド映画が大作主義に逆戻りしたため、≪ポセイドン・アドベンチャー≫は、アメリカン・ニューシネマを殺した張本人の汚名を着せられる羽目に・・・
でも実は、≪ポセイドン・アドベンチャー≫にはアメリカン・ニューシネマの影響があちらこちらに。
まずはジーン・ハックマンが演じたスコット牧師のキャラ設定。
ポセイドン・アドベンチャー
型破りなスコット牧師。

「神は努力を惜しむ人間に救いの手を差し伸べはしない。神に祈るだけでは人生は切り開けない」と、無神論にも近い説教を力説するカウンターカルチャーな神父がヒーローとして描かれているわけですから。
そういえば、劇中のスコット神父の言葉、どこかで似たような言葉を聴いたことがあるな、と思ったら、ジョン・F・ケネディーの1961年の大統領就任演説でしたね。
「国があなたのために何をしてくれるかではなく、あなたが国のために何ができるかを考えようではありませんか」というケネディーの演説要旨の“国”を“神”に変えれば、スコット神父が言いたかったことにニュアンスが近いのかな、と。
無神論者寄りの神父といえば、≪ポセイドン・アドベンチャー≫の翌年公開された≪エクソシスト≫のカラス神父が思い出されますが、ベトナム戦争が泥沼化していたこの時代、神の不在にかかる問題提起がアメリカ人の精神的ゆらぎを如実に表わしているとするならば、≪ポセイドン・アドベンチャー≫は極めてアメリカン・ニューシネマ的な大作映画と言えるのではないでしょうか。
加えて、資本主義の象徴である豪華客船が転覆し、富や名声が全く通用しなくなってしまった閉塞的空間から、生命や自由という人間の本質的な存在意義を求めて旅(脱出)をするというテーマはアメリカン・ニューシネマに通底するそれではないかと。

先日、寺山修司の評論集≪地平線のパロール≫(1974年)を読んでいたら、寺山が≪ポセイドン・アドベンチャー≫の批評をしていて驚きました。
地平線のパロール 寺山修司
私が、寺山の言葉で特にこころに強く残っている「いつも死ぬのは他人」という言葉の出自が≪ポセイドン・アドベンチャー≫の評論文だったということに殊更驚いたというわけです。
結果的に集団の救済者が、医者でも、警察官でもなく、牧師だったことの意味に言及する寺山修司の≪ポセイドン・アドベンチャー≫論に興味のある方は一読を。

ポセイドン・アドベンチャー クイーンメリー号
ポセイドン号のモデルとなったクイーン・メリー号のプラモデル(レベル社)
このプラモデルで転覆したポセイドン号を作る予定なんだけど、いまだ作製に踏み切れず。
≪ポセイドン・アドベンチャー≫が月曜ロードショーで初オンエアされたとき、コメンテーターの荻昌弘さんの後ろにあったポセイドン号のディスプレイモデルが欲しくてたまらなかったな・・・確か、視聴者1名にプレゼントされたはずだけど。
ポセイドン・アドベンチャー セプテントリオン
≪ポセイドン・アドベンチャー≫のシチュエーションをテレビゲーム化した≪セプテントリオン≫。
映画で描かれた脱出のスリルがゲームで味わえます。
ゴールデンウィークも後半です。
連休前半は天候にも恵まれましたので、≪観桜会≫100周年に沸く弘前公園に行って参りました。
弘前桜まつり
弘前桜まつり
≪観桜会≫って言葉、いまの若いひとには馴染みのない言葉でしょうね。
今じゃあ誰もそんな言葉使いませんが、私たちが子どもの頃は、桜まつりのことを≪観桜会≫と言ったものです。
もっとも父親に『来週、≪カンウォーカイ≫行くぞ!』と言われたところで、子どもの頃の私には“・・・≪カンウォーカイ≫ってなに・・・?”だったんですけど(笑)。
≪カンウォーカイ≫を文字にすると≪観桜会≫だと知ったのは、かなり年齢を重ねてからですね。
弘前桜まつり

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先日、NHKの≪ファミリーヒストリー≫という番組でミュージシャンの坂本龍一さんの家系を取り上げましたが、坂本龍一さんのお父上、一亀(かずき)さんのエピソードに驚きました。
龍一さんのお父上は出版社の仕事を通じて新人作家の発掘に努め、昭和20年代当時、大蔵省の官僚をしながら執筆活動をしていた三島由紀夫に≪假面の告白≫を書かせ、文壇デビューさせるなど、日本文学界に多大な貢献をした方だったのです。
そう言えば、1912年に沈没したタイタニック号の日本人唯一の生存者が、やはりミュージシャンの細野晴臣さんのお祖父様ですし、イエローマジックオーケストラって家系的にも凄いメンバーで構成されてたバンドだったんだな、と妙に感動しちゃいました。

三島由紀夫
≪假面の告白≫の初版本には、確かに編集者名として坂本一亀の御名前が。
三島由紀夫

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本日5月4日は、あおもりが生んだ鬼才、寺山修司の命日です。
寺山修司
寺山が中学1年まで過ごし、現在、≪寺山修司記念館≫がある三沢市では、没後35年の≪修司忌≫での献花や様々な企画のイベントが行われたようですね。
寺山修司
寺山修司記念館(三沢市三沢字淋代平116-2955)

寺山修司は、1983年、47歳でその人生に幕を引くまで、詩、短歌、俳句、小説、テレビドラマの脚本などの執筆のほか、歌謡曲の作詞、演劇や映画の製作等々、ジャンルを超越した創作活動を目まぐるしく展開し昭和の時代を駆け抜けたマルチクリエーター。
あまりにも多くのジャンルにわたる作品を遺したため、寺山修司ワールドへの“入り口”はたくさんありますが、ファンの多くは詩や短歌、演劇あたりから入って、どんどん寺山修司ワールドの深みにハマってしまった、というひとが多いようです。
実は私が寺山修司にハマったのはここ2年ほど前から。
それまでは全く興味が無かった・・・というより、正直あまり好きじゃなかった。
津軽弁の訛りを隠そうともせずに難解な言葉を早口に捲し立てる生前の取材映像や見世物小屋のオドロオドロシイ世界観で構築された演劇作品のイメージが先行して“これは自分の趣味じゃないな”と。
そんな私の寺山修司ワールドの“入り口”となったのはグラフィックアート。
寺山が主宰した劇団≪天井桟敷≫の上演ポスターや彼の出版物のグラフィックデザインに魅了されたんです。
1960年代から70年代辺りの寺山の周辺には、横尾忠則をはじめ、宇野亜喜良や和田誠、粟津潔等々の優れたグラフィックデザイナーがいて、純粋にそういった方々が手掛ける装丁本が欲しくて寺山修司の書籍などを買い集めたのがきっかけですから、寺山修司自身の作品に魅了されたというわけではないのです。
寺山修司
横尾忠則さんが手がけた≪天井桟敷≫関連のポスター
寺山修司 宇野亜喜良
宇野亜喜良さんの作品集と寺山修司著作≪絵本・千一夜物語≫の装丁
寺山修司
寺山の映画作品≪田園に死す≫のポスター

寺山に対する私の最初の興味は、あまりにトリッキーなその人物像です。
自伝本≪誰か故郷を想はざる≫に書かれたフェイクな生い立ちや、数ある有名作品の模倣、自らの作品のリブートなど、とかく寺山の人格や作品に対する批判として語られる事柄の数々が妙に新鮮に感じられた、というか、それこそがサブカルチャーの存在意義に貪欲だった≪昭和≫という時代を象徴しているようにさえ思えたんですね。
1996年に出版されたノンフィクション・ライター、田澤拓也さんの≪虚人 寺山修司伝≫などの書籍では、そういった寺山の人格や作品が厳しく批判されているのですが、私は人間の記憶なんてものは例外なく自分に都合の好いように加工されるものだと思うし、そのことを前提として、面白味に欠く己の人生をフェイクで塗り固める作家性みたいなものは、受け手として純粋に楽しんじゃえば良い、というスタンスですね。
有名作品の模倣だって、山下達郎の≪クリスマス・イヴ≫がクラッシックの名曲、パッヘルベルの≪カノン≫コードの流用だからダメとか、アンディ・ウォーホルのシルク・スクリーン作品はマリリン・モンローの既存のポートレイトに着色しただけだからダメとか、何だったら、いま時のロックミュージックは既成曲をサンプリングしてるからオリジナリティの欠片も無いなんて、言うだけ無粋なだけで・・・それらの作品に芸術作品の一点主義にもとづく神格化や “オリジナリティとは何ぞや?”、といった問題提起が通底しているのであれば、それらは表現手法のひとつの“カタチ”と考えてもいいのかな・・・なんて。
寺山修司
寺山の作品のなかでも“奇書”と言われる≪地獄篇 限定版≫は、1970年7月、思潮社から限定500部で発行。
限定版の仕様は、函入で、蝋燭・火縄・押し花・粟津潔木版画封入。寺山の直筆署名入り

そういう意味合いも含めて、『職業は寺山修司です』と嘯き、生涯トリックスターを演じ、有名作品のリミックスや自らの作品のリブートを嬉々としてやり続け、観客参加型の演劇やらメディアミックス的手法やら、次々と奇抜なアイディアに満ちた創作活動をやり続けた寺山修司は、戦後の急激な経済的発展や諸外国との関係性に翻弄される日本人のこころの拠りどころとなったサブカルチャーの発展に貢献した、≪昭和≫の時代を象徴する文化人の一人であることは否定できないと思います。
そして没後35年を経てなお、寺山が生みだした数々の作品は色褪せないどころか、先頃も菅田将暉主演で映画化された≪あゝ荒野≫を例にとるまでもなく、21世紀を生きる現代人のこころの渇望を刺激し続ける稀有なクリエイターなんだと思います。
寺山修司



春を実感させる暖かい日が続いています。
つい1週間ほど前までは歩道に雪が残っていたんですが、いまは見る影もありません。
知人からいただいた山桜の小枝にも先週花が咲きました。
山桜
春の到来は、なにより心を明るくしてくれるのがありがたいですね。

最近、古本の収集にどっぷりハマっています。
ネットオークションも利用しますが、春の陽気が外出を促しますので、地元の古本屋さんなんかに足を運ぶことが多いかな。
某大手チェーン店にも行きますが、そちらはもっぱら価格均一の安価な商品を物色。なかなかめぼしいものには出会えませんが、時には掘り出しものもあったりしますので、それはそれで楽しいです。
でも、やっぱり古本屋さんで過ごす時間は格別です。
誰でも自分の大好きなものが所狭しと並んでいるお店に入店するとテンションが上がると思いますが、私にとってはそれが古本なんですね
通路にまで積み上げられた本の間をかいくぐり、お目当ての本を探す作業はもちろんですが、目的もなくフラリと店を訪れ、1冊、1冊手にとっては、自分の新たな趣味趣向を開拓する作業も楽しかったりします。
加えて店のご主人との会話は、何と言っても同じ趣味を持つ者同士ですので、普段、職場や家庭での会話ではなかなか踏み込めないマニアックな領域にまで及んだりして、ホント、心の栄養になります。
やっぱり、好きなものは地元で手に入れたいです。
どうしても地元で手に入らないものならネット購入もやむをえませんが、自分が理想とする街づくりは、まずもって地元にある自分の好きなお店を存続させることが大切なんだと思います。
古本、アナログレコード、プラモデルなんかを取り扱う個人経営のお店って近年、ホント少なくなりましたから。

私の古本収集は、主に昭和の時代のものを幅広くってな感じなのですが、特に近年チカラを入れているのが、ジュブナイル小説の収集です。
私がティーンエイジャーの頃に読んだものが中心ですが、当時は経済的理由なんかで購入することは叶わず、学校の図書室なんかで借りて読んだものを、近年、買い揃えているといったところですね。
私の少年期、1970年代といえば、1969年のアポロ11号の月面着陸や1970年の大阪万博などの影響で、21世紀への憧れや希望が最高潮に高まっていた時代です。
「21世紀って、すべてのひとが小型の携帯用電話を持っているんだって!」とか「映画やテレビが立体映像で観れるらしいよ・・・」とか、今じゃ当たり前でも、当時としては未知のテクノロジーだったのです。
だから、私たち≪20世紀少年≫にしてみれば、スマートフォンやVR、乗用車の自動運転システムや無人航空機ドローンなんかは、あの懐かしい時代に漫画雑誌の巻頭カラーページやSFジュブナイル小説なんかで読んだ内容を「これは実現したな」、「これはまだ実現していないな」と確認作業するための産物だったりするんです。
因みにジュブナイル小説というのは、ティーンエイジャー向けの小説で、既存の小説を子ども向けに再編集したもの。
大人になったいま読み返すと、ちょっと内容が物足りなかったりしますが、当時の少年・少女の21世紀に対する憧れをくすぐる装丁は、いまでも十分に魅力的で、それも収集している理由のひとつですね。
ジュブナイル
講談社発刊の≪世界名作全集≫から2冊。特にジュール・ベルヌの≪地底旅行≫は映画化もされ、地球の内部を探検するという発想に胸が躍りました。
ジュブナイル
こちらも講談社の≪世界の科学名作≫シリーズの2冊。≪狂った世界≫の装丁イラストが007のショーン・コネリーなのが笑えます。
ジュブナイル
日本の有名作家、小松左京の≪青い宇宙の冒険≫と福島正実の≪地底怪生物マントラ≫。
≪地底怪生物マントラ≫は、科学的考証がしっかりしてて、未確認不明生物と自衛隊の攻防戦もリアル。
≪ガメラ2 レギオン襲来≫や≪シン・ゴジラ≫に先駆たリアリティ志向の怪獣小説ですね。
ジュブナイル
秋田書店の≪SF恐怖シリーズ≫。全6巻の内の3冊。≪地球滅亡の日≫は食人植物と人類の闘いを描いた小説で映画化もされました。≪ミクロの恐怖≫は、スティーブン・スピルバーグの監督デビュー作≪激突≫の原作を執筆したリチャード・マシスンの作品で、≪縮みゆく人間≫というタイトルで映画化もされました。
ジュブナイル
ジュブナイルではありませんが、同じくリチャード・マシスン作品の≪吸血鬼≫と≪地球最後の男≫。タイトルは異なりますが同じ作品です。原題は≪アイ アム レジェンド≫。何度も映画化されている名作ですね。
ジュブナイル
レトロな魅力が堪らない装丁の2冊。≪恐怖の月爆弾≫の装丁イラストは、当時、漫画雑誌の表紙や巻頭カラーページのイラストなどで私たちを魅了した巨匠、小松崎茂です。
ジュブナイル
人間に寄生し、思考をコントロールするナメクジ型宇宙生物の恐怖を描いたハインラインの≪タイタンの妖怪≫は子どもの頃の私の愛読書でした。まるでSF映画のポスターのような装丁が恰好良すぎます。
ジュブナイル
H・Gウエルズの≪宇宙戦争≫も何度読んだか分からないほど大好きな作品です。
≪サスペンスノベル選集≫版の≪宇宙戦争≫は当時の映画化作品のイラストがイカしてますね。
でも物語や宇宙船の造形は、近年、スピルバーグが映画化したリメイク作品の方が原作に忠実です。
ジュブナイル
SF・サスペンス小説の傑作≪影が行く≫は、1951年に映画化され、≪遊星よりの物体X≫という邦題で日本公開されたことから、その後のジュブナイルのほとんどがこの邦題に倣って≪物体X≫というタイトルを踏襲しました。
因みに、作中に登場する不定形宇宙生物も執筆者のジョン・W・キャンベル・Jrが表現した描写を独自の解釈によって挿絵化しているため、その姿はさまざま。
ジュブナイル
≪小学六年生≫の付録本の≪物体X≫は、レイ・ハリーハウゼンの特撮映画に登場する神話の怪物のようです。
ジュブナイル
鶴書房の≪物体Xの恐怖≫は、不定形生物の不気味さを上手く表現したデザインに・・・
ジュブナイル
集英社の≪なぞの宇宙物体X≫は、1982年にジョン・カーペンター監督により映画化された≪遊星からの物体X≫に近いイメージの挿絵ですね。
ジュブナイル
ジュール・ベルヌの≪海底二万哩≫も子ども向けも含め、数々出版されています。
香山滋
最後は、≪ゴジラ≫などの日本の怪獣映画の原作を手がけた香山滋。香山さんは、探偵小説や幻想小説を数多く手がけました。

本の魅力は、作者が紡ぎだしたその内容はもちろんですが、イラストレーターなどのさまざまな職人による作品世界の補完によって更に完成度を増すわけですから、人間の知恵の結集を楽しむという、それに尽きると思います。





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