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悲しい。
悲し過ぎる。
連日の信じがたい報道の数々に不安と恐怖を感じながら生活をしていたけど・・・まさか志村けんさんが逝ってしまうなんて・・・
こころのどこかで他人ごとのように思っていた出来事が突然、圧倒的なチカラをもって身近なことなんだと実感させられる・・・改めて志村けんさんの存在の大きさを認識させられました。
本当に悲しい。悲し過ぎる。
こんな悲しいことがあってはいけない。
志村けんさんの死を無駄にしないためにも、私たちは自分を、そして自分が愛するひとたちを守るための“責任ある”行動を実践し、この危機的状況に打ち勝たなければならない。

こころから志村けんさんのご冥福をお祈りいたします。
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少しばかりブログの更新が滞っているなと思ったら、あっという間に2019年が終わり、新年の幕が開けました。
およそ3カ月・・・随分と長い“冬眠”をしていたものです。
あまりにも遅すぎますが、2020年が皆様にとって幸多い年になりますことをお祈りいたします。

2月9日、第92回のアカデミー賞が発表されました。
作品の総体的な完成度から推測するに多くの受賞が予想された≪ジョーカー≫は、主演男優賞と作曲賞の2部門の受賞にとどまり、作品賞ほか4部門受賞の快挙を成し遂げたのはポン・ジュノ監督作品の≪パラサイト 半地下の家族≫。
「英語作品以外で作品賞を受賞するって・・・どんな作品なんだろう?」と、ネットで検索すると、前回のアカデミー賞で外国語映画賞を逃した是枝裕和監督の≪万引き家族≫同様に貧民層の家族を描いた作品らしい。
“何がアカデミー賞受賞の明暗を分けたのか”・・・そんな興味もあって劇場に足を運んだというわけ。

≪パラサイト 半地下の家族≫のストーリーを要約すると、内職作業で細々と生計を維持している貧しい一家の長男が、ふとしたことから富裕層一家の家庭教師になり、教え子の娘と母親の信頼を獲得。その信頼と緻密で狡猾な“計画”のもとに貧しい一家全員が運転手、家政婦などの役職を手に入れ、富裕層一家にパラサイト(寄生)するというもの・・・なんですが、前半のコメディタッチの展開が中盤あたりからサスペンスフルに不穏な様相を呈し、以後、物語の終結に向けて一気呵成にホラー的展開をする・・・そのストーリーテリングの妙に唸りましたね。
パラサイト
劇中、富裕層一家の居間の書棚にサスペンス映画の巨匠アルフレッド・ヒッチコック監督の書籍がさりげなく置かれていましたが
本作には、同監督の≪サイコ≫をはじめとする一連のサスペンス映画はもとより、ともすると、以前本ブログでも紹介したゲイリー・シャーマン監督作品≪地獄のサブウェイ≫や知る人ぞ知るホラー映画≪恐怖のいけにえ≫などの引用すら見てとれるように思えます。
露わな過去作品からの引用と換骨奪胎という製作姿勢は≪シックス・センス≫などの作品で一世を風靡したインド系映画監督M・ナイト・シャマランを彷彿させますし、ともすればオリジナリティの是非という議論も生じるのでしょうが、得てして優れた芸術作品というのは“模倣”と“批評”の要素で成立することを思えば、韓国社会の貧富の格差をはじめ、同国法相夫人による大学入試の文書偽造や学歴至上主義、そして朝鮮半島の南北問題という数々の社会問題に言及しながら手堅く物語を構築し、オープニングからエンディングまで一貫して観客の心を掴んで離さないエンターティメント作品にまとめ上げたポン・ジュノ監督の“脚本力”と“演出力”はアカデミー賞に値するものだと納得せざるを得ません。
また、ポン・ジュノ監督作品は、≪殺人の追憶≫や≪グエムル 漢江の怪物≫などの過去傑作で証明済みですが、アジア映画特有の湿り気もありながら、とにかく映像やストーリー展開がダイナミック。
≪パラサイト 半地下の家族≫では、右往左往に電線が張り巡らされ汚泥にまみれた貧民街の終末観漂う街並みや、(正に本作のキーワード=ネタばれでもある)“匂い”を感じさせる半地下生活者の様相など、視覚、聴覚のみならず嗅覚にまで訴えかけてくるダイナミズムには、TBSの≪プレバト≫の名物コーナー俳句査定の辛口講師、夏井先生でさえ「匂いまで感じさせるとはお見事。直しはありません!」と脱帽なさるのではないでしょうか(笑)。
冗談はさておきアカデミー賞に話題を戻すと、≪パラサイト 半地下の家族≫は、貧困に喘ぎ社会から疎外された人間が犯罪に手を染めることで社会との接点を見出していくというテーマが≪ジョーカー≫と符号するのですが、ゴッサムシティという架空の都市での物語とは言いながら、明らかにアメリカ国内を連想させる一都市で、貧困や差別など理不尽な社会構造に叩き潰された挙句にテロ行為に走る人間の姿を描いた≪ジョーカー≫を正当に評価する精神的余裕が(民主党支持者の多い)アカデミー協会にはそもそも無かったようにも思えます。
そう考えると≪ジョーカー≫は不運だったとしか言いようがありませんが、長い間、“Oscars So White”と揶揄され続けてきたアカデミー賞が、現在の迷走する政権下で改めて“自由の国”の復権に開眼したタイミングと、非英語作品≪パラサイト 半地下の家族≫への純粋な評価がシンクロした結果として主要部門の多数受賞につながったのならば、それはとても意義深いことだと思います。
パラサイト

続いては、私のライフワーク(笑)とも言える映画のコミカライズ作品の収集についてですが、ここ1年程思うように捗らずにいたのですが、最近になって少しばかり珍しいものを数点入手できました。
まずは、トモブック社の≪海底二萬哩≫。
海底二萬哩
トモブック社は以前、≪ベン・ハー≫のコミカライズを本ブログで紹介しましたが、ディズニー作品をはじめ幾つかのコミカライズ作品を刊行していたようです。
≪海底二萬哩≫は言わずと知れたジュール・ベルヌのSF小説をリチャード・フライシャー監督が1954年に映画化、翌年には日本でも公開されました。このコミカライズは1956年の発行です。
海底二萬哩
コミカライズというよりも、映画化作品の画像と挿絵で構成した絵巻物といったところでしょうか。
海底二萬哩
続いては、3冊。
映画コミカライズ
まずは、≪少年ブック≫の昭和43年正月増刊号、≪大巨獣ガッパ≫≪大魔神逆襲≫≪ガメラ対バルゴン≫の3作品を収録した付録本です。
この付録本は以前から探していたのですが、なかなか入手が叶わなかったものです。状態はあまりよくありませんが、わがままは言えません(笑)。
映画コミカライズ
映画コミカライズ
映画コミカライズ
お次は、昭和43年の≪なかよし≫6月号の付録本≪おしゃれどろぼう≫と昭和50年の≪月刊プレイコミック≫8月号に掲載された≪ローラーボール≫です。
映画コミカライズ
≪ローラーボール≫は、ノーマン・ジェイソン監督のSFアクション映画のコミカライズ。
大ヒット映画≪ゴッドファーザー≫でマフィアファミリーの長男を演じたジェームズ・カーン主演ということもあって、とても期待して劇場に駆けつけたら、意外に出来がよろしくなくてガッカリしちゃった作品ではありました。
≪おしゃれどろぼう≫は、オードリー・ヘップバーン主演のサスペンス映画≪おしゃれ泥棒≫のコミカライズ。
実はこの≪おしゃれどろぼう≫のコミカライズが私にしてみれば驚きの大発見だったわけです。
と言うのも、漫画雑誌を含む男性誌は、大凡コミカライズされた映画作品の掌握が出来ていましたが、さすがに女性誌となるとチェックは行き届いておらず、これを発見したときは「えっ?≪おしゃれ泥棒≫って漫画になってたの?」と驚いたわけです。
一体、世の中にはどれだけの映画コミカライズ作品があるのか・・・気の遠くなる収集作業ではあります。








古書マニア必見の映画(らしい)≪ビブリア古書堂の事件手帖≫を観ました。
映像作品としては少し物足りなさを感じるクオリティーだったものの、これまで古書店のガラスケース越しにしか見たことのない稀覯本の数々が整然と書棚に並んだり、無造作に平積みされてたりする光景はやっぱ垂涎モンでしたね。
鎌倉の古式ゆかしい街並みや、歴史と風格をたたえたビブリア古書堂の佇まいも魅力的です。
ビブリア古書堂
簡単にストーリーを紹介すると・・・
太宰治の最初の小説集で、「死なうと思ってゐた。ことしの正月、よそから着物を一反もらった。お年玉としてである。着物の布地は麻であった。鼠色のこまかい縞目が織りこめられてゐた。これは夏に着る着物であらう。夏まで生きてゐようと思った。」という衝撃的な書き出しで有名な≪晩年≫の初版本を手に入れようとする古書収集家のサイコパスと、その≪晩年≫を所有する古書店オーナーのサスペンスフルな攻防ミステリーといったところでしょうか。
たかが古本と言うなかれ。劇中に登場するのは、昭和11年(太宰治 28歳)、≪砂子屋書房≫から限定500部で出版された≪晩年≫の初版本で、本文用紙の上( 天)の部分がアンカットとなっているもの。読者はこの部分をペーパーナイフなどで切り取って読むという、これまたマニアックなシロモノなわけです。
劇中では、これに加えて太宰治直筆の署名本ときた・・・・
平成7年に京都で開催された古書組合全連大市会に≪晩年≫の帯付、アンカット極美本が出品された際には約300万円で落札されたといいますから、映画の中のお話とは言うものの直筆署名本となると、一体どんだけの価値があるのか・・・あな恐ろしや・・・
晩年 復刻版
太宰治≪晩年≫。本物?・・・まさか。復刻版です(笑)。付属のペーパーナイフでページを切り取りながら読み進めます。

前述したとおり、映画≪ビブリア古書堂の事件手帖≫は、物語的にややご都合主義的な要素があって私としては少し物足りなさを感じたのですが、主演の黒木華さんが魅力的だったのですべて許せちゃうわけです。
この女優さん、本当に素晴らしいです。
今年上半期いち推しのテレビドラマ≪凪のお暇≫や、(私としては)昨年公開の邦画でベスト1だった中島哲也監督作品の≪来る≫での演技力の高さには本当に驚きました。
来る 黒木華
可愛過ぎる≪凪のお暇≫の黒木華さん。

来る 黒木華
ダークサイドに堕ちた≪来る≫の黒木華さん。

失礼な言い方になりますが、和風かつ古風なお顔立ちは、日本の伝統芸能の能で使用されるお面を彷彿させます。
能面は感情を排した顔立ち故にすべての微細な感情表現を可能にする・・・そんな純白のキャンバスに様々な色彩で感情を描く・・・といった印象を黒木華さんの演技には感じるんです。
ややもすると、役者さんの演技において、振り幅の大きいダイレクトな感情表現が好まれる(評価される)きらいがありますが、例えば「白」から「赤」にダイレクトに変化するよりも、「白」から「薄いピンク」、そして徐々に「赤」へと微細なグラデーションを経て移行するような感情表現のほうが圧倒的に演技手法的に難易度が高いように思われます。
≪凪のお暇≫でみせた、「人たらし」な男に翻弄され心がくるくると定まらない虚ろな様や、≪来る≫でみせた徐々に心が荒んでいきながらも母親としてのアイデンティティーを保持し続けようと葛藤する様には、深層的に微細に変化する感情の“グラデーション”が巧みに表現されていて、他の追随を許さない“凄み”を感じましたね。

そういえば、≪来る≫について、以前、本ブログでは澤村伊智さんの原作本について書いたきりで、映画化作品に触れるのを失念しておりました。(笑)
来る
中島哲也監督作品≪来る≫は、黒沢清監督が定めた定義でいえば、“異界のモノが現世に入り込み、浸食、破壊する”物語であるため、歴とした≪怪奇映画≫なのですが、日本映画的な湿り気のある情感を極力排除した作風や、異界の怪物に対して多種多様な能力を持つ人間が一丸となって立ち向かう展開、荒唐無稽な物語ながら合理性を追求することで死守したリアリティ、そして黒木華さんを筆頭とする魅力的な演者さんたちの見応えのある演技等々を勘案するに、≪シン・ゴジラ≫に近いスタンスで製作された日本映画屈指の≪怪奇映画≫という印象を受けました。

話題を変えて。
先頃、大好きな童話作家、宮澤賢治ゆかりの地を訪ねて盛岡に行って参りました。
宮澤賢治生誕の地である花巻には、過去に何度も足を運んでいますので、今回は盛岡市内、材木町の≪光原社≫です。
盛岡市 光原社
≪光原社≫は大正13年(1924年)、宮澤賢治の生前唯一の童話集≪注文の多い料理店≫を発刊した出版社で、その社名も賢治の手によって名づけられました。
盛岡市 光原社
現在、≪光原社≫は手仕事の一品を集めた工芸品店となっており、周辺には有名な喫茶店≪可否館≫やお洒落なショップが立ち並ぶ小路があります。
盛岡市 材木町

盛岡市 光原社

盛岡市 光原社

盛岡市 材木町

盛岡市 可否舎
≪可否館≫で美味しい珈琲をいただき、周辺の雑貨屋さんなどを巡って、帰りしな材木町のメインストリートを歩いていたら≪村定楽器店≫というお店が・・・普通のCDショップという佇まいなのですが、何か私のアンテナに「ビビッ!」とくるものが・・・
そこで入店してみると、商品棚に並んだDVD、ブルーレイといった映像ソフトがマニアック!
一般的なこのてのショップさんでは置いていないような作品ばかりがずらりと並んだ商品棚は圧巻でした。
イギリスのハマープロダクションなんかの往年のSF・怪奇映画や知名度こそ低いが知る人ぞ知る名作、佳作・・・そしてB級作品のオンパレード・・・お店のご主人のこだわりがぎっしりと詰まったお店でした。
これだから旅先でのサブカル関連のショップ巡りは止められませんね(笑)。
レアDVD
あれこれ迷った挙句、購入したのがこの2作品。伝説のスリラー映画≪バニーレークは行方不明≫とハマープロのSF映画≪怪獣ウラン≫

最近、読んで面白かった書籍のご紹介。
読書
まずは、≪壇蜜日記≫。
壇蜜さんのパブリックイメージである“エロさ”が、自虐性、類まれな人間観察力、そして知性に裏打ちされた鋼(はがね)の“エロさ”であることを思い知らせる一冊です。(なんじゃそりゃ・・・)

≪奇跡の本屋をつくりたい≫は、札幌市の≪くすみ書房≫の店主、久住邦晴さんが同書店の存続のために奮闘する日記形式のノンフィクション。
久住さんは、肺がんを患い、一昨年、66歳で他界しましたが、ちくま学芸文庫などの売れない文庫ばかりを集めた≪売れない文庫フェア≫の創案やブックカフェの併設など、死の直前まで資金繰りを含む書店存続のための対策に四苦八苦する姿が描かれており、胸を打ちます。活字中毒者の身としては、改めて、“印刷物としての書籍”を“地元の書店で購入”することの大切さを痛感しました。

≪セゾン 堤清二が見た未来≫は、最近読んだ書籍のなかでは最高に面白い一冊でした。
1970年代から80年代のサブカルチャーに思い入れのある者にとって堤清二という人物は、寺山修司、横尾忠則、イエローマジックオーケストラなどと同じくらい重要な人物として記憶されています。
堤清二は、≪無印良品≫、≪ロフト≫、≪パルコ≫、≪ファミリーマート≫等々を生み出したセゾングループの代表という顔のほか作家としての顔を持ち、1990年代初頭のバブル経済崩壊までの間、池袋や渋谷などの“街づくり”に主眼を置いた経営戦略を貫きました。
“経済的豊かさよりも文化的豊かさ”を重視するその経営理念により、渋谷はサブカルチャーの発信地となり、80年代を象徴する「東京一は世界一」ということばの基盤にセゾングループが展開する文化事業があったことは間違いありません。
本州最北の地方都市に住む私でさえ、当時のセゾングループの勢力は、≪宝島≫や≪ビックリハウス≫などの雑誌を通じて体感していましたし、渋谷≪WAVE≫が取り扱う先鋭的アーティストのレコード収集や≪無印良品≫に囲まれたハイセンス(死語)な生活を楽しんだ思い出があります。
バブル経済の崩壊とともに経営難に陥ったセゾングループは≪無印良品≫、≪ロフト≫、≪パルコ≫、≪ファミリーマート≫などの解体を図り、これらの経営はセゾングループの手を離れますが、先頃オープンした“新生” パルコが、“オリジナル”パルコ同様に、劇場やミニシアターを内包する文化施設としての要素を併せ持つことはもとより、昨今の若者文化の根底に高額なブランド品よりも低額で質の良い商品を選択する傾向(≪無印良品≫や≪ロフト≫のコンセプト)があることを勘案すると、堤清二の未来を見据えた戦略は今なお脈々と受け継がれているのでしょうね。

最後に・・・最近の古本屋さんでの掘り出し品を。
ところは弘前市の≪小山古書店≫。
床に大量に平積みされた書籍のなかに紛れていたのがイアン・ワトソンの≪オルガスマシン≫。
オルガスマシン
イアン・ワトソンはイギリスの作家ですが、本国イギリスでは、内容のあまりの過激さ故に出版を見送られたといういわくつきの作品が≪オルガスマシン≫なのです。なぜか日本では、世界に先駆けてコアマガジン社から2001年に出版されましたが、現在は絶版(・・・のはず)で、背表紙を見とめたときには「え・・・マジ?」と自分の目を疑った私なのです。(笑)
内容は、男性の性欲を満たすために開発された≪カスタムメイドガール≫を描いたサイバーポルノ。
このての作品では沼正三の≪家畜人ヤプー≫が有名ですが、負けず劣らず過激な一冊です。
オルガスマシン
≪オルガスマシン≫には、なぜか≪カスタムメイドガール≫の過激なグラビアや・・・・
オルガスマシン
美術家の横尾忠則さんのヌードグラビアが・・・・

重ね重ね、これだから、サブカル関連のショップ巡りは止められませんね(笑)。
古書コレクション
我が家の書棚は飽和状態ですけど・・・

マーベルにしろDCにしろアメリカンコミックの映画化作品には食傷気味の私。
アベンジャーズシリーズも、数多のヒーローが集結し物語が壮大になるにつれ気持ちも萎えちゃって・・・近頃はすっかりごぶさたなわけです(笑)。
そんな私ですが、現在公開中の≪ジョーカー≫には、何か一連のアメリカンコミックスの映画化作品とは異質なものを感じ、早々と劇場に足を運んだというわけ。
ジョーカー
数多の芸能人、著名人等がそのクオリティーを絶賛する一方で、現実社会における犯罪助長の影響力が懸念された≪ジョーカー≫ですが・・・・確かに。素晴らしいクオリティー。そして凄まじい作品でした。
言うまでも無く≪ジョーカー≫は、≪バットマン≫シリーズのスピンオフ作品ですので、後にバットマンとしてゴッサムシティの治安を守る(幼少時の)ブルース・ウェインとの邂逅や、バットマン(=ウェイン家)に対する宿痾(しゅくあ)とも言える憎悪に言及しますが、そんな辻褄合わせがどうでも良くなるほどに自立し、完結した優れた作品だと感じました。
本作の映画評なんかでは、もともとは善良で小心者の大道芸人アーサーフレックが犯罪に手を染めざる得なくなったその悲劇性が強調されているようですが、私は寧ろ、たび重なる不運の連鎖を糧に稀代の犯罪者としての資質に開眼していくという19世紀イタリアの犯罪人類学者ロンブローゾが提唱した≪生来性犯罪者説≫とか、“親殺し”により成立する、アイデンティティや未来への指針といったフロイトが提唱したエディプスコンプレックスなど、時代錯誤故に妙に禍々しく背筋を逆なでする“引用”にしてやられた感がありましたね。
ネタバレになるから多くは書けませんが、間違いなく本作はバイオレンス映画の名作≪タクシードライバー≫の影響下にあり、監督のトッド・フィリップスは、(本作のクライマックスでもある)ロバート・デ・ニーロ(トラヴィス)とホアキン・フェニックス(アーサー)が対峙するシーンが撮りたくて堪らなかったんじゃないでしょうか(笑)。
そしてそのシーンで描かれるトラヴィスとアーサーのダークヒーロー(世代)交代劇に、監督自身のエディプスコンプレックスを読み取るのは深読みし過ぎなのかな。
にしても、その表現手法の秀逸さに思わず唸っちゃったのがエンディングですね。
収監された精神病棟内を逃げ回るジョーカーを看守が追いまわすシーン。
まるでスラップスティツクコメディーのようにバタバタと廊下を右往左往するジョーカーと看守の姿は、まるで≪トム&ジェリー≫。
『人生は悲劇?それとも喜劇?』
その自問自答に確固たる回答を得たジョーカーを体現した秀逸なエンディングだったと思います。

今月は、もう一作品。
クエンティン・タランティーノ監督の≪ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド≫も観ました。
ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド
≪ジョーカー≫に負けず劣らず・・・っていうか、あちらは登場人物の妄想劇でしたが、こちらは監督自身の妄想がてんこ盛りの作品(笑)でした。
にしても、タランティーノらしくないと言うか・・・やたらと理屈っぽく簡単に投げ飛ばされるブルース・リーや愚痴をこぼしてばっかりのスティーブ・マックイーンなんて、以前のタラちゃんだったら決して描かなかったような・・・何があったタラちゃん!
『映画って本来“神の視点(三人称)”で描かれるものじゃん。だから監督って神様そのものじゃん』って思ったかどうかはともかく、猟奇犯罪によって非業の死を遂げたシャロン・テートの命も救っちゃうタラちゃんの“上から目線”がなんか気になる作品ではありました。

映画の話題はここまで。
最近、読んだ本でお勧めなのはこの三冊。
蔵書
ムック≪危険な読書≫は、≪ブルータス≫の特別編集号で、様々な視点による書籍紹介がされていて書籍マニアにはお勧めの一冊。
≪孤客≫は以前、本ブログで紹介した怪奇幻想まんが≪人間時計≫の作者、徳南晴一郎氏の自伝本。生真面目を超越した偏執性に恐れを抱きながらも妙な感動が・・・
≪みちのくの人形たち≫は映画化された≪楢山節考≫の原作者、深沢七郎の短編集で、表題作は東北の寒村に伝わる風習が哀しく恐ろしい。

最後は、以前から欲しくてたまらなかったクロニクル社の≪ケイン≫。
ケイン
≪ケイン≫は、SFバイオレンス映画≪ロボコップ2≫に登場するロボットで、これまでに立体化された商品としては、ガレージキットと食玩のみ。
劇中の≪ケイン≫を造形、モデルアニメートしたフィル・ティペットの監修により、数年前、米国クロニクル社が決定版ともいえるフィギュアを発売しましたが、高額に加えて世界限定1000体故に入手は諦めていました。
それがこの度、ご縁があり、正規販売価格よりは相当安価で我が家に。
当初期待した金属製ではなかったのが残念ですが、重量感、存在感ともに申し分無く、台座にはフィル・ティペットのサインが。
家宝として珍重したい逸品です。








気づけばもう秋。
ワケあって3カ月ほどブログの更新をお休みしてました。
ブログの更新は滞っていたのですが、私自身はこの3カ月間、比較的アクティヴな毎日を送っておりました。
いま流行りのDIYってやつですか・・・慣れない日曜大工に励んだりして、数十年ぶりに真っ黒に日焼けして家族に笑われたりしてます。
あおもりのこの3カ月を振り返ると、6月は太宰治生誕110年の関連イベントが太宰の生まれ故郷、五所川原市金木町などで開催され県内外の太宰ファンで賑わいましたね。
太宰治
太宰治
6月と太宰治の関連性は、太宰の誕生日は6月19日で、昭和23年の同日(!)に玉川上水で入水自殺した太宰の遺体が発見されたことから、この日を太宰の小説≪桜桃≫に因んで≪桜桃忌≫と呼んでいるというわけです。
私も数十年ぶりに同町の≪斜陽館≫を見学して参りました。
斜陽館
言うまでも無く≪斜陽館≫は太宰治の生家で、太宰の父親である明治の大地主、津島源右衛門が建築した入母屋造りの建物です。戦後、津島家が手放した≪斜陽館≫はしばらく旅館として利用されましたが、現在は同町の観光施設として運営されています。
和洋折衷、荘厳な造りの建物ですが、太宰自身はこの家を、『父は、ひどく大きい家を建てた。風情も何も無い、ただ大きいのである。』と作品中で書いており、当時、貧しい農家が多い環境のなかに不釣り合いに大きく鎮座する我が家を富や権力のネガティヴな象徴と捉え、彼の人格形成に少なからず影響を与えたモニュメントのような意味合いもある建物です。
斜陽館
斜陽館
斜陽館
斜陽館
斜陽館
≪斜陽館≫内の売店で自分へのお土産に≪津軽≫の装丁まんまのノートと缶バッジを購入しました。
斜陽館
太宰治の初版本コレクションです。私のベストは≪津軽≫です。登場する土地が身近なところばかりで愛着が持てますし、太宰のユーモアセンスが愛おしい。
太宰治

7月は、私的には大事件だったのですが、2009年に急逝したロックバンド≪フジファブリック≫のフロントマン、志村正彦さんの関連商品が続々とリリースされました。
特に2009年にリリースされた≪CHRONICLE≫の楽曲をメインにしたツアー映像が商品化されたのが嬉しくて嬉しくて。
7月10日が志村さんの誕生日であり、亡くなってから10年という節目もあっての企画だと思いますが、まさか、生前最後のライヴ映像までも観れる日が来るとは思わなかった。
フジファブリック
赤い大きなBOXが7月に発売された≪FABBOXⅢ≫。白い箱は過去に販売された≪FABBOX≫のⅠとⅡ。

併せて生前、志村さんが熱望していたという人気音楽番組≪ミュージック・ステーション≫への≪フジファブリック≫初出演の夢も叶い、披露されたのが作詞、作曲ともに志村さんが手がけた名曲≪若者のすべて≫となれば、もうファンとしては歓喜の涙が絶えることのない7月だったわけです。

志村さんが眠る山梨県富士吉田市、太宰治が眠る東京三鷹市≪禅林寺≫、寺山修司が眠る≪高尾霊園≫は一度、訪れてみたいと常々思っています。(・・・にしても、あおもり出身の太宰、寺山の御墓が青森県内に無いというのはとても残念ですね・・・)

で、8月のあおもりと言えば、言うまでも無く≪ねぶた祭り≫なんですが、アニメファンたちで大きく盛り上がったのは≪エヴァンゲリオン展≫でしたね。
エヴァンゲリオンはもとより、アニメ作品への造詣に疎い私ですが、そこは毎朝、楽しく観ているNHKのテレビ小説≪なつぞら≫からの付け焼刃なアニメ作品制作のプロセスを予備知識にこの特別展を楽しんで参りました(笑)。
エヴァンゲリオン展
エヴァンゲリオン展
≪エヴァンゲリオン≫ねぶたも会場に展示されました。(ちょっとメタボ体型のエヴァですが・・・)
エヴァンゲリオン展
この特別展、全国主要都市ではかなり前に開催された企画の巡回ですからとりわけ目新しさはないのでしょうが、青森会場ならではの限定商品がとにかくユニークで、物販コーナーは大賑わいでしたね。
特に人気が高かったのが、エヴァンゲリオンの登場人物の名セリフを津軽弁にアレンジした缶バッジ。
入荷とともに即完売で、私も入手できませんでした(泣)。

エヴァンゲリオン展
青森会場限定の≪エヴァンゲリオン≫カラー仕様≪金魚ねぷた≫はゲット出来ました。
エヴァンゲリオン展

まあ、この3カ月間の私的なニューストピックスをまとめるとこんな感じかな。

相変わらず、重度の活字中毒者の私は本を買いまくりーの、読みまくりーのな状況なのですが、最近、ずば抜けて面白かった本が≪戦後最大の偽書事件 東日流(つがる)外三郡誌≫ですね。
東日流外三郡誌
≪東日流外三郡誌≫は、青森県五所川原市在住の和田喜八郎(故人)が、自宅改築中に「天井裏から落ちてきた」古文書として1970年代に登場し、数百冊にのぼるとされるその膨大な文書は、古代の津軽地方にはヤマト王権から弾圧された民族の文明が栄えていたと主張しています。
が、しかし、これらの古文書をはじめとする関連資料はねつ造された可能性が高く、これらを新しい学説として支持する者と真実を追求する者の長年にわたる闘いが描かれたノンフィクションが≪戦後最大の偽書事件 東日流(つがる)外三郡誌≫です。
私も東北人として、大和朝廷に対抗した豪族が津軽を中心とした東北に存在したという歴史には胸躍るものがあります。
やはり日本建立の歴史は西日本中心でしか明らかにされていませんし、古くから何かと軽視されがちな東北地方の文化や政治といった歴史を思うと、この学説は自分たちのアイデンティティーに訴えかける強い力をもっていることも否めません。
このねつ造事件の背景には、こういった東北人特有の己の存在意義への切実な追求心があるようにも思えます。

最後に恒例の映画ポスターコレクションを。
SF映画ポスター
≪ミクロの決死圏≫は初上映時(1966年)のものです。
何度もリバイバル上映されている本作ですが、恐らく、初上映時のポスターは右下にクローズアップされた目に着色が入っている
かと。
≪アンドロメダ≫も大好きなSF映画。原作は≪ジュラシック・パーク≫、≪ウエスト・ワールド≫などの代表作を手がけたマイケル・クライトン。宇宙から飛来した病原菌と科学者の闘いを描いた知的なSF作品です。

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