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いま楽しみな映画といえば、中島哲也監督の最新作≪来る≫かな。
来る
かの≪リング≫をも超えた最恐ホラー小説の映画化というふれこみで話題の映画ですね。
私自身、ホラー小説・・・というより怪奇・幻想小説は大好きなのですが、もっぱら、岡本綺堂や遠藤周作などの少しばかり古い時代の作品にばかり傾倒していて、最近の作品にはとんと疎く、この映画の原作小説のことも全く知りませんでした。
岡本綺堂
岡本綺堂は明治から昭和にかけて活躍した小説家で、数多くの優れた怪談作品を手がけています。
現在怪奇小説集
遠藤周作、山田風太郎、柴田錬三郎などの作家の作品を収録した≪現代怪奇小説集≫。

映画版≪来る≫も、“なんか変なタイトルの映画だな・・・”くらいにしか思っていなかったんですが、先日、テレビで放送された映画公開記念特番やトレーラーなんかを観て、一気に期待が高まったわけです。
それにしても、中島哲也監督といえば、≪下妻物語≫や≪渇き≫、≪告白≫など、独特な映像表現が特徴的な映像作家ですが、イメージ的にはあまりホラーとは結びつきませんね。
人気コミック≪進撃の巨人≫の映画化のときにも監督として名前があがりましたが、結局実現せず、このての娯楽作品には関心の無い方なのかな、と。
まあ、そんな様々な疑問もあって、この映画の原作小説≪ぼぎわんが、来る≫を読み始めたわけです。
来る
文庫版(映画公開記念仕様版)の≪ぼぎわんが、来る≫は、劇中で松たか子さんが演ずる霊媒師、比賀琴子の名刺風栞付(笑)

いま、3分の2ほど、読み終えたのですが、ちょっと後悔してます。
これは、映画が先だったな・・・まずは映画を観てから、原作を読むべきだったな、と。
原作、面白いです。・・・で、メチャクチャ恐いです。
優れたホラー小説というのは、ページを開くとすぐに何とも形容しがた不穏な気配を放ち、“あ・・・この小説、ヤバいかも・・・”と読者に覚悟を強いるチカラがあるように思えます。
鈴木光司さんの≪リング≫や貴志祐介さんの≪黒い家≫、岩井志麻子さんの≪ぼっけえ、きょうてえ≫などがそうでしたが、澤村伊智さんの≪ぼぎわんが、来る≫も、すぐさま異様な物語の展開に引きずり込まれてしまいましたね。
物語としては、古来から語り継がれる化け物(妖怪?)につけ狙われる家族と、その家族を守り、化け物の正体を付きとめようとする人々の奮闘を描いているのですが、多重構造というのか・・・例えば、あるひとの行動について、それぞれのひとの視点で描くことにより、主観的には善意とする行動が、客観的には醜悪な悪意となる・・・といった、人間のこころの在り方に踏み込んでくる恐さがあります。
ひとつの事件が、加害者、被害者、傍観者など、それぞれ立場が異なる人々の主観的な言葉で語られるとき、誰の言うことが真実なのか分からなくなる、という黒沢明監督の≪羅生門≫という映画がありますが、まさに≪ぼぎわんが、来る≫で描かれるのはそういった人間同士のこころのすれ違い(=スキマ)から生じる悲劇なんです。
先述の映画公開記念特番で、子煩悩なイクメンパパを演じる妻夫木聡さんが、「映画の序盤で見せる登場人物の優しい笑顔が、その後の展開で、まったく違う意味合いの笑顔だったことに気付かされる」といった発言をしていましたが、原作に忠実に映画化されているならば、まさしく、この言葉こそが映画の“キモ”を示唆していると思うし、≪告白≫や≪渇き≫などの作品で、人間の心の闇を描いてきた中島監督がこのホラー小説の映画化を決意した理由でもあるんじゃないかな、と思います。
来る
映画公開前なので、ネタバレにならない程度にネタばらしをすると、原作小説のタイトルは≪ぼぎわんが、来る≫で、映画のタイトルからは“ぼぎわん”という呼称は削り取られていますし、トレーラーなどでは、登場人物の台詞の、この呼称の部分にノイズが入り、聞き取れない演出になっています。
映画本編でも、この呼称にノイズを入れる演出がとられているのかは分かりませんが、化け物に特定の呼称を与えないことで観客の不安感を煽る演出とするならば、それも“アリ”なのかも知れません。中島監督作品らしいと言えばらしいですし。
でも原作小説では、この“ぼぎわん”と言う呼称に重要な意味合いを持たせています。
“ぼぎわん”とは何なのか・・・?
ヒントは、多くのひとが知っているであろう西洋のお化けの呼称・・・かつて日本に海を渡って宣教師とともに上陸した“それ”の呼称が現代に至るまでにカタチを変えて語り継がれたもの・・・

そして映画の登場人物のキャラ設定にも惑わされてはいけませんね、きっと。
来る
先述の、妻夫木聡氏さん演ずる“子煩悩で理想的なイクメンパパ”、黒木華さん演ずる“育児に疲れたお悩みママ”はもとより過激なビジュアルが衝撃的な小松菜奈さん演ずるキャバ嬢霊媒師が実は・・・なんて、思わず涙する場面も原作にはありますし・・・ああヤバいネタばれしちゃいそうだ(笑)。
最も、まだ原作を完読したわけじゃないので、断定的なことは言えませんが、いずれにしても一筋縄ではいかない物語であることは確かです。
来る
とにかく、アンタッチャブル、ザキヤマの「来る~っ」っていうふざけたテレビCMもツボにハマった私としては、12月7日、劇場に駆けつけること間違いないですね。



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気がつけば、もう10月も中盤。
2ヵ月もブログの更新が滞っておりました。
この2ヶ月、仕事、プライベートともにイロイロとありまして少しばかりお疲れモードの私ではあります。

話題の映画・・・ってもうピークは過ぎちゃったのかな・・・≪カメラを止めるな!≫観ました。
カメラを止めるな!
前半30分のゾンビとの死闘の件で“何これ・・・だ、騙された・・・”とウンザリしていたら・・・なるほどね。
後半部分でグダグダなワンカット撮影の謎が解き明かされ、終いには、何てことのないシーンで“ホロリ”とまでさせられる・・・監督の上田慎一郎さんはなかなかの手練れとお見受けいたしました。
でも、話題作として期待しすぎたせいかな・・・かつて≪カメラを止めるな!≫と同じインディペンデントムービーとして上映され、社会現象にまでなった≪ブレア・ウィッチ・プロジェクト≫ほどの衝撃はなかったかな。
ブレア・ウイッチ・プロジェクト
≪ブレア・ウィッチ・プロジェクト≫はその後、たくさんの亜流作品を生み出すほどインパクト絶大な最恐ホラームービーでしたから。

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今月の初旬、大きな仕事を終えて腑抜けになった私は、心を奮い立たせるためにも前々から検討していた三陸の旅を決行しました。たかが旅行・・・されど三陸の旅・・・≪東日本大震災≫の被災地を巡ることが目的ですので、それなりの覚悟が必要だったわけです。
震災前は時々訪れていた岩手県、宮城県の太平洋沿岸の街々も、震災後は心が折れそうで一度も足を運んでいませんでした。
とは言え、あの日から7年以上が過ぎ、復興が進んでいるであろう街々を見てみたい・・・そして、自分に出来ることなんてたかが知れているけど地元にお金を落とすくらいの支援はできるだろう、と家族とともに訪れたというわけです。
旅行初日、昨年の北海道旅行同様に台風が接近する中、高速道路を利用しておよそ5時間で気仙沼に到着。
気仙沼は、2009年の家族旅行以来ですので、9年ぶりです。
震災の際には、津波と火災により1,350人以上の方々が亡くなられ、壊滅的な被害を被った気仙沼ですが、思った以上に復興は進んでいました。
海鮮市場やシャークミュージアム、氷の水族館などの観光施設もリニューアルされ、風光明媚な街並みも2009年に見た景色と遜色のない印象を受けました。
気仙沼
気仙沼漁港
気仙沼 シャークミュージアム
震災後、リニューアルされたシャークミュージアム。
気仙沼 シャークミュージアム
気仙沼 シャークミュージアム
気仙沼 シャークミュージアム
気仙沼 氷の水族館
氷の水族館。防寒服を着用してマイナス20度の世界を体験します。

気仙沼で昼食を摂り、建設途中故に通行料無料の高速道路≪三陸自動車道≫を利用して石巻市に移動。
石巻市は震災の年の2011年以来ですので、7年ぶりの訪問となります。
石巻市内をドライブした後、≪石ノ森萬画館≫へ。
≪石ノ森萬画館≫は言うまでも無く、≪サイボーグ009≫や≪仮面ライダー≫などを生み出した漫画家、石ノ森章太郎の記念館です。旧北上川の河口に近い中州にあるため、川を遡ってきた高さ5メートルの津波にのみ込まれ、甚大な被害を被りましたが、震災の翌年には営業を再開しました。
石ノ森萬画館
震災直後の≪石ノ森萬画館≫
石ノ森萬画館
頭の無い≪ロボコン≫が悲しい・・・
石ノ森萬画館
≪石ノ森萬画館≫は、≪仮面ライダー≫や≪人造人間キカイダー≫など、石ノ森作品の代表キャラクターを多数展示。
石ノ森萬画館
石ノ森萬画館
石ノ森萬画館
石ノ森萬画館
家族で≪石ノ森萬画館≫を訪れるのは2009年以来ですので、いまは成人した息子たちも当時のことを想いだしたのか、感慨深く観覧していましたね。

宿泊は、南三陸町志津川の≪南三陸 ホテル観洋≫。
南三陸 ホテル観洋
リーズナブルなお値段で、南三陸町の海が見渡せる宿泊部屋や露天風呂を堪能でき、食事も豪華。
早起きして見た、日の出の神秘的な美しさは生涯忘れることはありません。
南三陸 ホテル観洋
南三陸 ホテル観洋
旅行2日目は、南三陸町の≪さんさん商店街≫へ。
さんさん商店街
震災後、仮設商店街としてオープンした≪さんさん商店街≫は、三陸の魚介やスイーツなどの美味しいものを取り扱うお店が軒を連ねる観光商店街。
その≪さんさん商店街≫に近い八幡川のほとりに、あの日、多くの役場職員が犠牲になった≪南三陸町防災庁舎≫があります。
死の直前まで防災無線で町民に避難を呼びかけた役場職員のエピソードは、≪東日本大震災≫にかかる数あるエピソードのなかでもとりわけ胸を打つものとして記憶しています。
南三陸町 防災庁舎
それにして、屋上に避難した人々をのみ込むほどの津波って・・・・想像できません。

帰路は、高速道路を利用せず、宮古市や野田村などの被災地を訪ねましたが、最も衝撃的だったのが、陸前高田市。
他の被災地と比較しても、今なお数多くの震災遺構が保存されている陸前高田市ですが、復興途中の重機が慌ただしく稼働しているも、かつて住宅が立ち並んでいたであろう太平洋沿岸は広大な更地と化し、その向こうにいまや伝説化した≪奇跡の一本松≫がポツネンと見える異様とも言える光景に、車中の家族全員が言葉を失ってしまいましたね。
奇跡の一本松
今回、≪東日本大震災≫の被災地を巡って痛感したのは、“この悲劇は他人ごとではない”ということ。
僅か200~300キロ、車で走った場所にある信じがたい現実の“地続き感”は、実際にその地を訪れないと得られないものでした。ですが、目の当たりにした被災地で感じ取った諸々は私の心のキャパシティには収まりきらず、ただただ理不尽に人生を終えた人たちの鎮魂を祈り、かけがえのない多くを失ったその地で、ひたすら懸命に生活する人たちを思い続けるばかりなのです。
今回は小説の映画化作品について。
そう言えば、先日観た≪ジュラシックワールド 炎の王国≫も元はマイケル・クライトンのベストセラー小説。
思えば、1993年公開の≪ジュラシックパーク≫はホント衝撃的な映画でした。
太古の恐竜を現代に復活させるという荒唐無稽な物語を、遺伝子工学を駆使して実現するという説得力もさることながら、当時、まだ発展途上にあったコンピュータグラフィックで表現された恐竜のリアリティはホンモノと見間違うほど。
映画館で何度も感動の声を漏らしたのを憶えています。
その後、シリーズ化された本作は、3作品製作された後、タイトルを≪ジュラシックワールド≫と改名。
≪ジュラシックワールド 炎の王国≫は新シリーズの2作目となります。
恐竜に関する学説の更新をいち早くとり入れることで有名な本シリーズですが、≪ジュラシックワールド 炎の王国≫に登場する新恐竜インドミナス・レックスの後頭部には僅かながら羽毛のようなものが・・・
ジュラシックワールド 炎の王国
インドミナス・レックスの後頭部にそよぐ羽毛・・・

これは中国で発掘された肉食恐竜の化石に羽毛のようなものが認められたことによるものらしいですね。
でも、体毛フサフサのティラノサウルスって・・・・ちょっとイメージダウンです。

昭和の文豪、三島由紀夫がSF的アプローチによる人間描写に挑んだ異色小説≪美しい星≫もようやく映画化されましたね。
かつて、YMOの細野晴臣さんが「映画化したい」と公言していた本作の映画化を実現したのは、≪桐島、部活やめるってよ≫、≪紙の月≫を手がけた吉田大八監督。
美しい星
三島文学を愛するひとにしてみれば、満を持しての映画化ということなのですが、観賞後は何か複雑な気持ちにさせられる作品に仕上がっているのではないでしょうか。

小説≪美しい星≫は、“自分は宇宙人だ”と信じている家族の物語で、父親は火星人、母親は木星人、長男は水星人、長女は金星人であると信じているがために起きる社会との摩擦やさまざまな事件との関わりを通じて人間の本質、存在意義に肉迫する寓話的作品と言えます。
美しい星
正直、物語の展開そのものはとても分かりやすいのですが、内包するテーマが重厚かつ複雑で、とりわけクライマックスの“ディベート”対決の場面は、作者自身が抱いているであろう切実な人類への愛着と諦念が目まぐるしく入り乱れて圧巻!何度もページをめくる手を止め、前のページに戻ったりで、理解するのに苦労しました。
その点、映画化作品はとても分かりやすい。
その分、原作ファンには物足りなさもあるというわけです。
美しい星
私が最も気になったのは、原作で、主人公が人類滅亡にかかる深刻な危機意識を持つ対象が≪核兵器≫だったのに対して、映画化作品では、≪地球温暖化≫に改められていたこと。
“美しい星”である地球を崩壊し人類を滅亡に追い込むのは≪核兵器≫だからこそ、人類を根絶やしにする兵器を保有し、有事にはこれを使用せんとするエゴイズム、ひいては人間のあり方に鋭く言及するのが原作なんですが、映画化作品は≪地球温暖化≫に改めたがために、これら人間のあり方への問題提起が薄れたことは否めない・・・・・現に作中にも「温暖化は地球環境の周期によるものかも知れません」という台詞も出てきますし・・・・・人間が深く関わらずとも訪れる地球滅亡の危機を示唆する展開は、主人公が気が違ったとしか思えないほどに真摯な言動で人類への環境保護の重大さを訴えたところで「・・・そうは言っても、人間がどうこうできる問題じゃないんでしょ・・・」と白けさせちゃうだけだと思うんですけど。
やっぱり時代背景を考えるとやむを得ない改変だったんでしょうか。

ほかにも映画化版≪美しい星≫は、原作では自称≪木星人≫だった母親だけを宇宙人家族のなかで唯一マトモな≪地球人≫として描くことで、観客が抱く違和感や疑問の代弁者の役割を与えているほか、物語終盤、主人公と“ディベート”対決を繰り広げる羽黒助教授等論客3人組(この人たちも自称≪宇宙人≫!)の件も割愛されています。
原作では、“美しい星”に対する定義が相反する主人公とこの論客3人組が、「人類を救うべき」、「いや、人類は滅ぶべきだ」と延々数十ページにわたって論争を繰り広げるのです。
そしてその論争は、もし人類が滅んだとしたら主人公が捧げたいとする碑文で締めくくられます。

地球なる一惑星に住める 人間なる一種族ここに眠る。
彼らは嘘をつきっぱなしについた。
彼らは吉凶につけて花を飾った。
彼らはよく小鳥を飼った。
彼らは約束の時間にしばしば遅れた。
そして彼らはよく笑った。
ねがはくはとこしなへなる眠りの安らかならんことを。

素朴ながら何か胸を打つ碑文ですね。
いろいろと批判的な感想を述べてしまいましたが、小説の映画化にあたっては、いかに映像作品として成立させるかを十分に勘案し、製作に臨むのは当然ですし、原作とまったく同じ展開の映画化だとつまらない、というのも正直なところです。
≪美しい星≫も父親役のリリーフランキーさんの怪演は必見ですし、原作にはない、主人公家族が≪宇宙人≫としての自我に覚醒するシーンなど映画化作品ならではの見どころもあり、十分に楽しめます。
小説にしろ漫画にしろ、すでに完成された作品を改めて映画として再構築する作業は思いのほか大変なことなんでしょうね。

【懐かしの映画原作本集】

映画原作本
映画化された有名小説作品の数々。≪人間失格≫、≪太陽の季節≫、≪ああ荒野≫、≪沈黙≫など
映画原作本
海外の映画化されたベストセラー小説やノベライズ小説。≪ジョーズ≫、≪ゴッドファーザー≫など。
映画原作本
映画化作品の珍品集。はたして帯に“映画化”と自慢げに書かれた≪プロメテウス・クライシス≫は映画化されたんでしょうか・・・?
映画原作本
映画原作本
ハヤカワノベルズのシリーズは映画化作品の装丁が楽しいですね。






ここ1週間の私的ビッグニュースと言えば、サッカーワールドカップの日本代表チームの敗退はもちろんですが、なんと言ってもチャットモンチーが7月4日に武道館で行ったラストワンマンライヴですね。
チャットモンチー
仕事があるんで、さすがに参戦することは出来なかったけど、WOWOWで放送された生中継で彼女らの勇姿はしっかりと記憶に焼き付けました。
ライヴ終盤、感極まり涙するふたりの姿に私も思わずもらい泣き(笑)。同時にいろいろな思い出が蘇りました。

チャットモンチーは、テレビの音楽番組で≪シャングリラ≫のパフォーマンスを観たのが最初ですから、2006年、今から12年前です。
当時の私は、遅らせばながらニルヴァーナなんかのグランジロックにハマっており、邦楽からはちょっと距離を置いていたのですが、テレビで観たチャットモンチーのパフォーマンスに衝撃を受けました。
加えて、後に彼女らの代表曲となる≪シャングリラ≫のキャッチーでありながら骨太なサウンド、独特な歌詞にも魅了されましたね。

“携帯電話を川に落としたよ。笹船のように流れてったよ。アアア・・・”

きっと、携帯電話を川に落としたら、笹船のようには流れていきません。ぶくぶくと沈んじゃいます。(笑)
でも、恋する男性目線で書かれたこの歌詞に違和感はありません。
大好きな女性との心のすれ違いをどうすることも出来ないままに会話を終えた携帯電話は、本当の気持ちを伝えたい思いに揺らぎながら、きっと水面を笹船のように流れていくんだと思いますから。

ミニアルバムの≪chatmonchy has come≫、ファーストアルバムの≪耳鳴り≫、セカンドアルバムの≪生命力≫と、音楽的にもセールス的にも躍進を続ける彼女らのライヴに初参戦したのは、2009年5月14日、青森市民ホールで行われた≪Hall in love Tour 2009≫の青森公演。
伝説のバンド≪スーパーカー≫のメンバーであり、チャットモンチーのプロデューサーでもあった青森県十和田市出身のいしわたり淳治さんが客席にいたため、初のホールツアーの緊張に輪をかけて・・・という過酷な状況下で行われたライヴでしたね(笑)。
チャットモンチー
2009年5月14日、青森市民ホールで行われた≪Hall in love Tour 2009≫の青森公演での記念撮影。

同年8月22日、宮城県≪風の草原≫で開催された野外ロックフェス≪ROCK ROCK こんにちわ in 仙台≫が2度目。
スピッツがプロデュースした野外フェスで、参加アーティストは、チャットモンチーのほか、スキマスイッチ、MONGOL800、KREVA、ユニコーン、アジアンカンフージェネレーション、スピッツ、そしてスペシャルゲストが平井堅という面々でした。
この野外フェスは“いつかは自分の子どもと大好きなロックイベントに参加したい”という思いが達成できた、私的にはとても思い出深いイベントでした。
もっとも、当時中学生だった次男坊は、炎天下の下、始終立ちっぱなしの野外フェスに懲りたらしく、それ以後は私の誘いを頑なに拒み続けたため、最初で最後の親子参戦になってしまいましたけど(泣)・・・まあ、だからこそ、私にとっては、忘れられない思い出
になっています。
初っ端に登場したチャットモンチーは、ユニコーンなどの大御所バンドに負けないくらいにパワフル。同年3月にリリースした≪告白≫からの楽曲に≪シャングリラ≫などの代表曲を加えたセットリストで盛り上げてくれました。
息子とともに観たチャットモンチーのライヴは、ホント、私の今際の際、走馬灯のように巡るであろう記憶の一場面として必ず現れるであろう思い出です(笑)。
ロックロックこんにちわ
≪ROCK ROCK こんにちわ in 仙台≫等々、チャットモンチーのライヴチケットの半券は大切な思い出の品。

3回目にして、最後のライヴ参戦は2012年の全国ツアーで訪れた、≪青森QUARTER≫です。
前年8月にドラムの高橋久美子さんが脱退し、二人体制となったチャットモンチーのライヴでした。
ライヴハウス故、真近で観る橋本絵莉子さん、福岡晃子さんの可愛くカッコいいお姿におじさんメロメロ(恥)。
演奏フレーズを連続再生する機器≪ループステーション≫の導入や、二人がドラム、パーカッションなどの楽器を複数演奏することで3人体制の頃と遜色ないパフォーマンスを展開するなど、サポートメンバーを入れることなく、努力と工夫で成し遂げたこのライヴ体験は、単なる娯楽(=音楽)という枠を超えて、私の人生観にも影響を与えてくれたように思えます。
他力本願で苦境を乗り越えることが当たり前になっていたオヤジが、娘ほど年齢の離れた女の子たちに真摯に仕事に取り組む姿勢を学ぶなんて情けないにも程がありますが、彼女らのひたむきな姿にとても感動したことをいまでも憶えています。
チャットモンチー

そして解散・・・否、「完結」。
ラストアルバム≪誕生≫は、打ちこみなどの新たな表現手法を導入した意外なものでした。
チャットモンチーといえば、生音やアンサンブルにこだわりのあるバンドという印象でしたので、初期の楽曲を知るファンにしてみれば違和感も否めないと思いますが、私は大好きなアルバムです。
オリジナルメンバー二人による曲づくりやライヴパフォーマンスへのこだわりを追求した結果行きついた手法が打ちこみなんだと思うし、何より素晴らしいのは彼女ら自身が新しい手法の導入によってもたらされた新しい表現のカタチを思いっきり楽しんでいること!
チャットモンチー
私のチャットモンチーのベストアルバムはこの3枚です。≪耳鳴り≫、≪告白≫、そしてラストアルバム≪誕生≫。

≪誕生≫の7曲目、≪びろうど≫で子どもの声がコーラスに混じっているな、と思ったら、何と橋本絵莉子さんのご子息でした。
≪シャングリラ≫でブレイクした頃、まだ幼さが残っていた橋本さんもいまは一児の母なんですね。
親と子を繋ぐ音楽・・・思い出すのはやっぱり、息子を急き立てて豆粒のようなチャットモンチーに向けて一緒に手を振った、あの2009年の夏の日のこと・・・

ああ、何と幸せなラストアルバムなんだろう!




1973年。
当時、小学生だった私は、1本の映画に大変な衝撃を受けました。
正確には、テレビで放送された新作映画の特番かなんかで観たワンシーンに度肝を抜かれたのですが。
そのワンシーンとは、天地逆さまになったパーティ会場で、天井と化した床に固定されたテーブルにしがみついていた男性が悲鳴とともにその手を離した途端、遥か下方の巨大な照明に向かって真っ逆さま・・・米粒のように小さくなった男性は照明に激突。火花を散らし激しく明滅する照明・・・
天地逆転という異様なシチュエーションもさることながら、その一連の衝撃シーンはすべてワンカット撮影。
「な、何?この映画・・・っていうか本当に落下してたよね・・・ってことは演じたひと、死んじゃったってこと・・・?」
それまで、SF映画とか怪獣映画とかしか観てなくて、常識を超越したシーンはすべて特殊撮影だと思っていた私の価値観は完全に打ち砕かれたわけです。
もう、とにかく衝撃的で、次の日、学校に行くなり映画に詳しい友達に尋ねたところ、「それ、≪ポセイドン・アドベンチャー≫というアメリカ映画だよ」と。
「アメリカって凄え・・・ハリウッド映画って、わや(かなり=津軽弁)凄え・・・」
カルチャーショックに身震いする二人の田舎の小学生・・・それが私の人生を変えた映画、≪ポセイドン・アドベンチャー≫との出会いです。
ポセイドン・アドベンチャー
ポスター、チラシ、弘前スカラ座画報。
映画のスペクタクルシーンをグラフィック化したデザインが秀逸です。

ポセイドン・アドベンチャー
前売り半券
≪ポセイドン・アドベンチャー≫って確か文部省推薦映画だったんですよね。

ポセイドン・アドベンチャー
パンフレット、サウンドトラックEP盤
主題歌の≪モーニング・アフター≫はアカデミー賞を受賞しました。

≪ポセイドン・アドベンチャー≫に“大人の映画”への“筆下ろし”をしてもらった(笑)ひとは意外と多いらしく、映画評論家の町山智浩さんも≪映画秘宝≫でその影響を語っていましたね。
日本での公開は、1973年(昭和48年)の3月17日ですから、いまから45年前。
半世紀近く前の作品なんですが、「このてのジャンルものでは≪ポセイドン・アドベンチャー≫を超える作品は無いんじゃないかな・・・」と、最近、観直して痛感したわけです。
ポセイドン・アドベンチャー
≪ポセイドン・アドベンチャー≫、≪ポセイドン・アドベンチャー2≫、≪ポセイドン(リメイク作品)≫のDVDソフト。
2匹目のドジョウを狙った≪ポセイドン・アドベンチャー2≫は大コケしましたね。
リメイクした≪ポセイドン≫は大味な作品でトホホでした。
ポセイドン・アドベンチャー
8mmフィルム。
ビデオソフトが発売される前は8mmフィルムで何度も観直しましたね。

≪ポセイドン・アドベンチャー≫が公開された1970年代前半と言えば、アメリカン・ニューシネマ全盛の頃。
≪真夜中のカーボーイ≫とか≪スケアクロウ≫などの作品に象徴されるように、スタジオ撮影を否定し、低予算で、若者のカウンターカルチャー(反体制的)な思想や行動を描くといった、寺山修司の言葉を借りるならば“書を捨てよ、町へ出よう”的な製作スタイルが主流だったわけです。
巨費を投じてスタジオに絢爛豪華なセットを組んで映画を製作する、というスタイルはもはや時代遅れと言われていたこの時代に突如、現れたのが、スタジオ撮影全開のスペクタクル超大作≪ポセイドン・アドベンチャー≫だったのです。
そのため、ポール・ギャリコの原作に惚れ込み、製作を切望した本作のプロデューサー、アーウィン・アレンは、製作費の調達にとても苦労したようですね。
ポセイドン・アドベンチャー
原作本のハードカバーと文庫本。
ハードカバーは、私が生まれて初めてチャレンジした長編翻訳小説でした。

時代遅れの映画だったはずの≪ポセイドン・アドベンチャー≫は予想外の大ヒット。
この大ヒットを機にハリウッド映画が大作主義に逆戻りしたため、≪ポセイドン・アドベンチャー≫は、アメリカン・ニューシネマを殺した張本人の汚名を着せられる羽目に・・・
でも実は、≪ポセイドン・アドベンチャー≫にはアメリカン・ニューシネマの影響があちらこちらに。
まずはジーン・ハックマンが演じたスコット牧師のキャラ設定。
ポセイドン・アドベンチャー
型破りなスコット牧師。

「神は努力を惜しむ人間に救いの手を差し伸べはしない。神に祈るだけでは人生は切り開けない」と、無神論にも近い説教を力説するカウンターカルチャーな神父がヒーローとして描かれているわけですから。
そういえば、劇中のスコット神父の言葉、どこかで似たような言葉を聴いたことがあるな、と思ったら、ジョン・F・ケネディーの1961年の大統領就任演説でしたね。
「国があなたのために何をしてくれるかではなく、あなたが国のために何ができるかを考えようではありませんか」というケネディーの演説要旨の“国”を“神”に変えれば、スコット神父が言いたかったことにニュアンスが近いのかな、と。
無神論者寄りの神父といえば、≪ポセイドン・アドベンチャー≫の翌年公開された≪エクソシスト≫のカラス神父が思い出されますが、ベトナム戦争が泥沼化していたこの時代、神の不在にかかる問題提起がアメリカ人の精神的ゆらぎを如実に表わしているとするならば、≪ポセイドン・アドベンチャー≫は極めてアメリカン・ニューシネマ的な大作映画と言えるのではないでしょうか。
加えて、資本主義の象徴である豪華客船が転覆し、富や名声が全く通用しなくなってしまった閉塞的空間から、生命や自由という人間の本質的な存在意義を求めて旅(脱出)をするというテーマはアメリカン・ニューシネマに通底するそれではないかと。

先日、寺山修司の評論集≪地平線のパロール≫(1974年)を読んでいたら、寺山が≪ポセイドン・アドベンチャー≫の批評をしていて驚きました。
地平線のパロール 寺山修司
私が、寺山の言葉で特にこころに強く残っている「いつも死ぬのは他人」という言葉の出自が≪ポセイドン・アドベンチャー≫の評論文だったということに殊更驚いたというわけです。
結果的に集団の救済者が、医者でも、警察官でもなく、牧師だったことの意味に言及する寺山修司の≪ポセイドン・アドベンチャー≫論に興味のある方は一読を。

ポセイドン・アドベンチャー クイーンメリー号
ポセイドン号のモデルとなったクイーン・メリー号のプラモデル(レベル社)
このプラモデルで転覆したポセイドン号を作る予定なんだけど、いまだ作製に踏み切れず。
≪ポセイドン・アドベンチャー≫が月曜ロードショーで初オンエアされたとき、コメンテーターの荻昌弘さんの後ろにあったポセイドン号のディスプレイモデルが欲しくてたまらなかったな・・・確か、視聴者1名にプレゼントされたはずだけど。
ポセイドン・アドベンチャー セプテントリオン
≪ポセイドン・アドベンチャー≫のシチュエーションをテレビゲーム化した≪セプテントリオン≫。
映画で描かれた脱出のスリルがゲームで味わえます。
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