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5月31日に全米と日本の同時公開でお披露目されたレジェンダリー・ピクチャーズ製作の≪ゴジラ キング・オブ・モンスターズ≫が好調な興行成績のようで嬉しい限りです。
ゴジラ キング・オブ・モンスターズ
私も公開初日に観て参りました。
made in japanの怪獣映画を同一世界観のクロスオーバー作品として描くシリーズの第2段となるわけですが、前作≪ゴジラ GODZILLA≫は、(私的には)面白かったのですが、何かしっくりこない印象を受けたのも事実。
敵対する怪獣ムートー中心に物語が進行するため肝心のゴジラの存在感がいまひとつだったりとか、怪獣映画の名作≪ガメラ2 レギオン襲来≫をベースにしたであろうストーリー展開にも新味がないとか・・・
続編の≪ゴジラ キング・オブ・モンスターズ≫には、キングギドラ、モスラ、ラドンといった東宝怪獣映画のスタメンが勢揃いするらしいという前情報にも、1954年公開の初代≪ゴジラ≫や2016年公開の≪シン・ゴジラ≫をゴジラ映画の二大最高傑作と信じて疑わない私にしてみれば、「レジェンダリー・ピクチャーズ版ゴジラも結局はお子ちゃま路線に行っちゃうってことでしょ・・・」と正直がっかりしていたわけです。
・・・が、しかし≪ゴジラ キング・オブ・モンスターズ≫は面白かった。それも底抜けに。
なぜか突然に、次々と怪獣が地球上に現れる原因こそ、やっぱり平成ガメラシリーズの論理を踏襲して辻褄合わせをしているのだけれど、そういった理屈っぽい台詞主体のシーンを極力排除し、対戦型怪獣映画のスぺクタキュラーな見せ場の目白押しで全編を貫いた製作姿勢は大正解だったと思います。
ゴジラ キング・オブ・モンスターズ
往年の怪獣映画ファンの涙腺を刺激する過去作品へのオマージュも満載。
初代ゴジラを葬った新型化学兵器≪オキシジェン・デストロイヤー≫も登場するし、1956年公開の≪空の大怪獣ラドン≫で阿蘇山の噴火火口に散ったラドンはメキシコの火山口から溶岩にまみれて登場!
そして、モスラが羽化するシーンでは、あのザ・ピーナッツが演じ歌ったモスラのテーマソングのフレーズが!
このシーン、子どもの頃の感情が蘇ってきてマジで泣きました。本当に・・・
米軍と怪獣の攻防も迫力満点。ゴジラの後方を雲霞のごとき戦闘機が追従するシーンの格好良さには鳥肌が立ちましたね。
ただちょっとオスプレイを格好良く描き過ぎかな・・・まあ、本作には米軍も協力していることだろうし、日本に対するオスプレイの安全性アピールにはこれとないチャンスだろうが、そこは騙されんぞ・・・なんてね。(苦笑)
そんな映画のプロパガンダの側面はともかく、ハリウッド映画では、人類を救うべく自らの命を犠牲にして見せ場と観客の涙をかっさらっていく美味しい役どころは米国人俳優に与えられるのが常ですが、≪ゴジラ キング・オブ・モンスターズ≫では、前作にも出演したあの日本の名優に委ねられてます。
これぞ、怪獣映画発祥国、日本に対するハリウッドからの最高の敬意と受け取ろうじゃないですか。
(そういえば、メキシコ、中国で産声をあげたラドンとモスラがアメリカで大暴れって何か国際問題を風刺してるような・・・大っきな壁作ったってラドンの入国は防げないし、経済戦争繰り広げているうちにもっと大きな脅威(=キングギドラ)に対峙することになるってことかな?)
ゴジラ キング・オブ・モンスターズ
映画館のガシャポンで入手したゴジラのフィギュアです。≪シン・ゴジラ≫と2種ゲットしました。

あ、そういえば、ゴジラ繋がりでもうひとつ。
先日、秋田県の男鹿半島までドライヴに行って参りました。
男鹿半島
男鹿半島の≪なまはげ≫は、2018年、ユネスコ無形文化遺産に選ばれました。おめでとう!秋田県。

果てしなく眼下に広がる日本海・・・入道崎は絶景なり。
男鹿半島 入道崎

・・・と、不思議な看板を見かけました。
男鹿半島 入道崎
何でも入道崎周辺では頻繁にUFOが目撃されているらしく、お食事処≪みさき会館≫では、出没したUFOの動画が観賞できるのだそうです。
なぜ、宇宙人は男鹿半島を頻繁に訪れているのでしょうか・・・?
恐らくその理由は男鹿半島の有名な観光スポット・・・≪ゴジラ岩≫にあります。
男鹿半島 ゴジラ岩
男鹿半島 ゴジラ岩
手前の岩山にピントを合わせてみると、ゴジラ岩の巨大感と臨場感が増します。
男鹿半島 ゴジラ岩
日本海の荒波や風雪などの自然環境の産物とは言え、正にゴジラ!

入道崎に現れるUFOにはキラアク星人が搭乗しており、ゴジラを特殊な電波で操縦することで世界征服を企んでいるのだ・・・って1968年公開の東宝映画≪怪獣総進撃≫を知らないひとには何のこっちゃですよね(苦笑)。
キラアク星人
小学生の私は≪キラアク星人≫のお姉さん方に何かエロいものを感じていました。(笑)

≪ゴジラ キング・オブ・モンスターズ≫は、世界各国に怪獣が出没したり、特殊な電波で怪獣を操る設定なんかをみると、ベースにしているのは≪怪獣総進撃≫であることは間違いありませんね。

私の最近のコレクション事情を最後に。
映画原作本で新たにコレクションに加わったのはこの5冊。
映画原作本
澁澤龍彦が翻訳したエロティック映画≪O嬢の物語≫の映画化カバー版が入手できたのは嬉しかった。≪モヒカン族の最後≫はマイケル・マン監督作品≪ラスト オブ モヒカン≫(1993年公開)の原作本。

最近、収集に熱が入っている映画ポスターはこの4枚。
映画ポスターコレクション
≪ウエストワールド≫は、最近アメリカでテレビドラマ化もされたマイケル・クライトン原作のSF映画で、このアートデザインが秀逸です。そして≪サンバーン≫は映画自体はつまらないのですが、主演のファラ・フォーセット・メジャースのこのナイスバディに当時の中坊は悩殺されました。
映画ポスターコレクション
B級映画のポスターは大好物。≪大火災≫はアーネスト・ボーグナイン主演のパニック映画。≪グリズリー≫は≪ジョーズ≫の大ヒットにあやかった二匹目のドジョウ狙い映画なんですが、意外と面白かった。これまた著名なイラストレーターが手がけたアートデザインが格好良く、ペプシコーラとのコラボレーションというのも異色です。

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新元号の≪令和≫の典拠、≪万葉集≫が売れまくっているようですね。
どこの本屋さんも売れ切れ状態とのことで、元号改定による経済効果が新刊書店に波及していることは嬉しい限りです。
と言うのも、あおもりではつい先ごろ、数少ない大手新刊書店≪紀伊國屋≫の弘前店が今年5月6日で閉店するという衝撃的なニュースが駆け巡ったばかり。
常日頃、“本屋(新刊本・古本)、映画館、CD(レコード)ショップの無い街には住めない”と豪語(笑)している私なんかは、劣悪化の一途を辿るあおもりのサブカルチャー事情に懸念を深めているわけです。
かく言う私も最近は、新刊本より古本の購入比率が高く、≪紀伊國屋≫のあおもり撤退の責任の一端を痛感している次第。
「客ひとりの売上なんかたかが知れているんだから、そんなことに責任感じなくても・・・」なんてことを言うひともいますが、選挙の投票と一緒で、「自分ひとりの影響力なんて・・・」とは思いたくない、少しばかりクソ真面目でウザったい≪昭和≫生まれの性分の私なのであります。(泣)

確かに、電子図書なんかのコンテンツが一般化した昨今では、印刷物として流通する書籍は時代錯誤的でスマートじゃないのかも知れませんね。
でも、もうすぐ終焉を迎えようとしている≪平成≫以前の時代では、書籍は印刷物としての個性を主張することで人々の生活に寄り添い彩りを与えてきたことも事実だし、何ならクリエイターの創意工夫による“印刷物だからこそ可能な表現形態”を私たちは楽しんできたようにも思えます。
確かにテクノロジーの進歩によってもたらされる合理性とか効率性といった要素は避けがたい時代の潮流として受け入れざるを得ませんが、それによって失われつつある旧時代的な文化様式に思いを馳せ、その存在意義を改めて検証することも大切なように思えるのですが・・・

そんな思いもあって、今回のテーマは書籍収集のススメ。
まだまだ“ひよっこ”な書籍収集家の私ですが、奇々怪々な書籍コレクターの世界をお伝えいたしましょう。

書籍収集の世界は多分に細分化されていると言われています。
例えば文芸書の収集家と一概に言っても、収集の対象を時代や作家など、かなり狭めた範囲に限定して収集しているひとが多いようです。
ものの本によれば、≪明治≫時代の文芸書のコレクターは、≪大正≫時代以降の同種コレクターを軽視しているきらいがあり、その収集世界も独特の競争原理が働いていて、シロウトが簡単に入り込めるようなものではないとのこと・・・あな恐ろしや・・・
そういう意味で、私なんかは取り立てて拘りなんかとは無縁な“ノンポリ(ノンポリシーの意味)”コレクターと言えます。
子どもの頃に欲しくても買えなかったジュヴナイルや児童書、大好きな作家の初版本、主に≪昭和≫の時代のサブカルチャー(映画、音楽等々)関連の書籍なんかを闇雲に収集しているといったところでしょうか。

書籍コレクターの世界で特に興味深いのが奇書・怪書コレクターってやつですね。
奇書・怪書というのは、先述した“印刷物だからこそ可能な表現形態”が暴走した出版物(笑)という要素も含めて、作品の世界観やらが常識では測り難い・・・すなわちぶっ飛んでいる書籍を指します。
奇書・怪書コレクターの多くが血眼になって探している代表的な書籍が、栗田 信の≪醗酵人間≫でしょう。
醗酵人間
どうです?・・・このオドロオドロシイ装丁・・・
昭和33年に出版され、戦後最大のSF怪作と言われる≪醗酵人間≫はまずもって中古市場に出回ることはなく、以前、ヤフーオークションに出品されたときには、40万円で落札されたというシロモノ。
私も生きている間に一度は現物を目にしてみたいと思っていますが、恐らく無理でしょうね。(笑)
なお≪醗酵人間≫は近年、≪ミステリ珍本全集≫の一冊として戎光祥出版から再版され、こちらは私も所有していますが、どうせなら、装丁も含めて復刻して欲しかった・・・装丁ありきの≪醗酵人間≫なんですから。
醗酵人間
≪ミステリ珍本全集 醗酵人間≫と≪醗酵人間≫の再評価に貢献した名著≪SF奇書天外≫。

以前、本ブログでも紹介した寺山修司の≪地獄篇 限定版≫は、蝋燭・火縄・押し花・粟津潔の木版画が封入された異色の出版(印刷)物。代表的な奇書と言えます。
寺山修司

他にも変わりダネの書籍としては・・・ちょっとスケベなこの2冊(笑)。
奇書
≪アカリ号の実験≫という書籍は、“男女11人が孤立した船上で生活したらどうなる・・・?”というノンフィクションものなんですが、エロさを期待したらガッカリしちゃう内容です。
≪あたしのプーペ≫は何てことの無いエロ小説なんですが、数枚のイラストカードと赤いセロファンが付録になっています。このセロファンをイラストカードに重ねると見えなかったものが見えるというトリックアート的大人の世界が・・・
奇書
恐らくは、グラビア雑誌の“袋とじ”企画の元ネタかと・・・(違うか・・・)。

ちょっと真面目路線に軌道修正!
この2冊は、かつて早川書房から出版されたもので、画像右側の≪地獄の家≫は、1970年代のオカルト映画ブームを≪エクソシスト≫とともに牽引した≪ヘルハウス≫の原作本でもあります。
奇書
この2冊の共通点は、物語の後半部分が、正に“袋とじ”になっていて、この“袋とじ”を開かずに書店に返品すればお代はお返しいたします、というストーリーテリングに絶対の自信を持つ作品故の企画モノというわけです。
奇書
≪デラニーの悪霊≫の赤い“袋とじ”部分は未開封のまま・・・ということは返品されたものなんでしょうか?

ここからは、内容がぶっ飛んでいる故に奇書と言われているものを中心に。
特に有名なのがこの2作品。≪家畜人ヤプー≫と≪怪談 人間時計≫。
≪家畜人ヤプー≫は、かの三島由紀夫も絶賛したという沼正三の長編SF・SM小説。
奇書
≪怪談 人間時計≫は徳南晴一郎のカルト漫画で独特な世界観が衝撃的です。
人間時計
≪昭和≫の時代には、異色の漫画作品が溢れていましたね。特にムロタニ・ツネ象の≪地獄くん≫は、当時、小学生だった私には耐えられない恐さがありました。
昭和 漫画
耐えられない恐さと言えば、心霊写真をはじめ、UMA(未確認生物)や死後の世界まで幅広いジャンルで、当時の子どもたちを脅かし続けた中岡俊哉氏関連の出版物に触れないわけにはいきません。昭和42年に出版された≪世界の怪獣≫なんかは、宇宙から飛来した怪獣まで実話として紹介されてて相当に胡散臭かったのですが(笑)。
奇書
丸尾末広の一連の漫画はいま読み返しても不穏な気持ちにさせられる奇書と言えます。
独特の画風や世界観はエロチックで猟奇的。とりわけ江戸川乱歩の≪パノラマ島綺譚≫の劇画化作品は、石井輝男監督が昭和44年に映像化した乱歩作品≪恐怖奇形人間≫と対をなす怪作です。
奇書
奇書とは言えませんが、林静一の≪赤色エレジー≫は、映画的手法を漫画に取り入れた画期的な作品ですね。
赤色エレジー
林静一の≪赤色エレジー≫とあがた森魚の楽曲≪赤色エレジー≫のアナログシングル盤。
赤色エレジー
內田百閒の短編集≪冥途≫(芝書店版)と、代表作≪冥途≫を絵本化した書籍。
幻想的な金井田 英津子の挿絵が印象的で、印刷物としての書籍の素晴らしさを再認識させてくれる一冊です。
冥途
冥途

最後に奇書というより珍品を。
虹男
≪虹男≫は、昭和24年に大映が映画化したスリラー映画の原作本で、映画公開の2年前に矢貴書店から出版されました。
≪火星人との戦争≫は、なんと、昭和16年に出版されたHGウエルズの≪宇宙戦争≫の別タイトル版。
恐らくは、ジョージ・パルの映画化作品が昭和28年に日本公開されたのを機に、≪宇宙戦争≫というタイトルが定着したのでしょうね。
言うまでもなく≪宇宙戦争≫はスピルバーグも映画化した異星人侵略SF小説の最高傑作です。
久しぶりのブログ更新にて失礼いたします。(笑)
とても穏やかな天候の日が続いていて、あおもりはすっかり春の様相です。
個人的には今頃の時期が1年を通じて一番好きですね。
桜の開花が待ち遠しい今日この頃です。

ちょっと前になりますが、久々に三沢市の≪寺山修司記念館≫に行ってきました。
≪寺山修司記念館≫では、没後35周年記念特別企画展≪寺山修司 不思議図書館≫を開催中で、古本好きの私としては居ても立ってもいられず駆けつけたわけです。
寺山修司記念館
正面玄関ロビーには蔵書のほかにも様々な寺山修司の所持品を展示。

寺山修司記念館
≪天井桟敷≫の演劇に登場する大山デブ子の人形。貴重。

展示ホール内は正にアングラ演劇の世界。魅了されます。
寺山修司記念館
寺山修司記念館
寺山修司記念館

「書を捨てよ、町へ出よう」と言いながら、実は大変な読書家だった寺山の蔵書を展示するこの企画展では、寄贈された蔵書のほんの一部の展示とはいうものの、本棚を埋め尽くす多種多様な書籍に圧倒されます。
不思議図書館
ハヤカワポケットミステリーもあれば哲学書もある・・・生前、津軽弁訛りの論客として名を馳せた寺山修司ですが、膨大な質量の読書から得た知識がその背景にあったのでしょうね。
他人に本棚を見られるのは裸を見られているようで恥ずかしいもの、なんて言いますが、寺山修司も草葉の陰で「よしてくれよ、恥かしいから」と顔を赤らめているのかも。
没後35周年記念特別企画展≪寺山修司 不思議図書館≫は、4月7日までの開催です。

以前、本ブログにも書きましたが、私が寺山修司にハマったきっかけのひとつとして、彼が主宰する劇団≪天井桟敷≫の上演ポスターなどのグラフィックアートの素晴らしさがあります。
横尾忠則、粟津潔、宇野亜喜良などのグラフィックデザイナーが手がけたこれらポスターに魅了されたというわけです。
≪寺山修司記念館≫には、これら貴重なポスターの展示コーナーもあり、特に横尾忠則作品に目が無い私なんかは喉から手が出るほど欲しいものばかりなんですが、これらのポスターは希少故、市場に出回ることも稀だし、仮にオークションに出品されても到底太刀打ちできるシロモノではありません。
寺山修司記念館
帰り際、≪寺山修司記念館≫の物販コーナーを覗いたら、目に付いたのがそんな貴重なポスター類を一冊に収録した≪アングラ演劇傑作ポスター100 ジャパンアヴァンギャルド≫という作品集。
“今ならオリジナルポスター付きです。”の貼り紙を見て、少し高かったけどいそいそとレジへ。
「ポスター付きますか?」と尋ねたら、「少しお待ちください」と奥の方でゴソゴソ・・・暫くして・・・
「あ、これが最後の1枚です」という返事。
「ラッキー!」・・・年甲斐も無く思わず大声で歓声・・・恥かしかったです。(因みに頂いたポスターは≪アングラ演劇傑作ポスター100 ジャパンアヴァンギャルド≫の初版限定ポスターでした。嬉しい!)
寺山修司
≪アングラ演劇傑作ポスター100 ジャパンアヴァンギャルド≫。寺山修司のお面は前々から欲しかったグッズです。
アヴァンギャルド
≪アングラ演劇傑作ポスター100 ジャパンアヴァンギャルド≫の中身・・・目の保養になるけど、現物が欲しい!
新宿泥棒日記
我が家の家宝(笑)。大島渚監督作品≪新宿泥棒日記≫のポスター。もちろん横尾忠則作品です。

高価なものじゃなくてもポスターは部屋の模様替えなんかに重宝するので、どうしても収集してしまいますね。
最近ハマっているのが往年のSF映画や1970年代ムービーのポスター。
特に1970年代ムービーは、映画の内容に比してやたらとスケール感を強調した、大袈裟なものが多くて大好きです。
SF映画ポスター
大好きな潜水艦ノーチラス号が登場する≪海底二万哩≫とこれまた大好きな潜水艦シービュー号が登場する≪地球の危機≫のポスター。
1970年代映画ポスター
「え・・・こんなシーンなかったじゃん・・・」なんて野暮なことは言うべからず。映画本編を超越したスケール感がカッコ良い≪タワーリングインフェルノ≫と≪ソイレント・グリーン≫のポスター。いずれも名作です。

相変わらず、休日は古本屋巡りの私。
地元の古本屋さんで、自分の目を疑うほどの希覯本なんかに出会うことはありませんが、心の中で小さな快哉を叫ぶ体験が癖になると言うか・・・
時々、スマホはもとより、何やら小さな機械(バーコードの読み取り機?)を手にしたひとが、中古市場価格をチェックしながら古本を物色しているのを目にしますが、私が頼りにしているのは自分の目だけです。
基本的に自分が読みたいと思うもの、興味があるものだけを買うというスタンスですね。
最近、古本屋で小さな快哉を叫んだのは・・・
古本
お堅いものではこれらの書籍。
特に前回の本ブログで代表作≪檸檬≫に触れた梶井基次郎の全集は、思わず店主さんに上ずった声で「全巻セットでこの値段ですか?」と訊いちゃいましたね。確かにカバーは変色してるけど、それにしても安過ぎる値札が付いていましたから。
サブカル系書籍では、この6冊に小さな快哉が・・・
古本
≪ハードコアの夜≫と≪ワンダラーズ≫は超地味な映画の原作本。唐沢俊一さんの≪古本マニア雑学ノート≫の第1巻、第2巻はマニアックな古本収集で有名な唐沢さんのエッセイ集で、古本マニア必携本です。

古本は月に20冊から30冊のペースで増え続けていますが、古本マニアに決してしてはいけない質問を最後に。

「そんなに大量の本、全部読んでいるの?」

古本マニアの返答は一言、「読んでるわけないじゃない」

そう。古本マニアの多くは収集した本は読まないのだそうです。(苦笑)

(私は出来るだけ読んでますけどね・・・)








あけましておめでとうございます。
今年も取りとめのないマニアックな世界を書き殴って(笑)参りますのでよろしくお願いいたします。

思い返せば、2018年は私的に、いまひとつしっくりこない1年だったというか・・・まあ年齢も年齢ですから、たえず時代と己の価値観のズレは感じているのですが、それを差し引いても「オレって、時代の流れについていけてない!」ってことを改めて実感した1年だったわけです。
世の中で持て囃されるもの、主流となりつつあるもののほとんどがしっくりこない・・・ときにはストレスにすら感じてしまう・・・
流行りの音楽や映画なんかのサブカルさえも「どこが良いのか分からないよ~」っていうものが多すぎて。

そんなときに手にしたのが梶井基次郎の≪檸檬≫という短編小説。
梶井基次郎 檸檬
明治から昭和にかけて優れた短編小説を生み出し、31歳の若さで肺結核を患い世を去った夭折の作家が描く作品世界に胸を撃たれました。
私は梶井基次郎について多くを知りませんが、恐らく心の病を患っていたのでしょうか・・・私小説の≪檸檬≫では、それまで自分の心の糧となっていた絵画、文学、音楽など、すべての社会通念的に“美しいとされるもの”、そして己自身も“美しいと思えたもの”に病的な拒否反応を示す姿が描かれます。
己の価値観の瓦解、失望を抱えて立ち寄った一軒の八百屋で手にした檸檬。
梶井は汚れなく黄金色に輝く紡錘形の檸檬を懐に忍ばせ、≪丸善(書店)≫に向かうと、画集を見開き、多彩な絵画のどれひとつとして己の心に響かないのを認めると、画集を丹念に積み上げ、その上に“手榴弾”と化した檸檬を置くのです。

“その檸檬の色彩はガチャガチャした色の階調をひっそりと紡錘形の身体の中へ吸収してしまって、カーンと冴えかえっていた。”

なんとささやかで、機知に富む、美しく過激なテロリズム・・・
別に私の老化による単なる世間ズレ(笑)と、この稀代の名作を重ね合わせるわけじゃないけれど、なんか今の自分の心に染みいった作品だったわけです。

話は変わりますが、昨年暮れの≪平成≫最後となる≪紅白歌合戦≫は、世間ズレした私(笑)も十分に楽しめました。
最近のアーティストでご贔屓なPerfume、Suchmos、欅坂46等々のライヴパフォーマンスには胸が躍りましたし、私の青春時代のアイコン、松任谷(荒井)由美、松田聖子の登場でノスタルジックな感傷にも浸れましたし。
そんな出演陣のなかでもとりわけ話題になったのが、米津玄師のテレビ番組初出演。
そして≪紅白歌合戦≫で生歌を披露したのが、いみじくも≪Lemon≫という楽曲でした。
“ひょっとして米津玄師も梶井基次郎の≪檸檬≫を読んで感銘を受け、そんでこのタイトル?”なんてことを思いながら歌詞をまじまじと読みながら観賞したのですが、あまり関係はなさそうですね(笑)。

なんか話題が音楽寄りになってきましたので、私の昨年のヘビロテ曲をいくつか。
以前も書きましたが、私の場合、アナログ(レコード)で音楽を楽しんでいるが故、どうしても古い楽曲になっちゃいますのでそこはご容赦を。
まずは、やはり私の青春時代のアイコン、松田聖子の各種アルバムなんですが、数あるアルバムの中でも≪Candy≫ですね。
アイドル歌手のアルバムと侮るなかれ。≪Candy≫に収められた楽曲の数々を手がけたのは大瀧詠一、細野晴臣、南佳孝、財津和夫といった日本を誇るアーティストの面々、そうそう作詞は全曲、松本隆です。
このアルバム、何が凄いって(言葉は不適切かも知れないけど)捨て曲が無い!
収録されている10曲のすべてがシングルカット出来そうなくらいにキャッチーな名曲揃い、という恐ろしいアルバムなんですね。
1982年のリリースですので、バブル時代突入前夜のそうそうたる面々による華やかかつ贅沢なアルバムと言えます。
お次は、シーナ&ロケッツの≪真空パック≫。
収録曲≪YOU MAY DREAM≫が、NHKの連続テレビ小説≪半分、青い≫で使用されたことで、このアルバムを知ったひとも多いと思います。
永野芽郁ちゃん演ずる鈴愛等が「♪ それがわたしの素敵なユメェ~ッ ♪」って合唱した、あの楽曲です。
半分、青い 
≪半分、青い≫で≪YOU MAY DREAM≫を歌い、踊るシーンは感動的な名シーンでした。

≪真空パック≫は、1979年にリリースされたシーナ&ロケットの2ndアルバムで、同時期に≪ソリッド・ステート・サヴァイヴァー≫で日本中にテクノポップブームを巻き起こすYMOのメンバーが全面サポートしたことでも有名。
YMOの海外ツアーのセットリストにもなった≪RADIO JUNK≫も収録された名盤ですね。
昭和 名盤
YMOといえば年明け早々に、NHKBSで≪ソリッド・ステート・サヴァイヴァー≫のマスター音源を40年ぶりに解析する番組が放送されましたね。
≪サカナクション≫の山口一郎さんや≪電気グルーヴ≫の石野卓球さん等が行う≪ソリッド・ステート・サヴァイヴァー≫の分析も面白かったのですが、当時、YMOの活動を支えた松武秀樹さん、横尾忠則さん、そしてシーナ&ロケッツの名ギタリスト鮎川誠さん等の社会現象にまでなったYMOとの思い出話がとても楽しい番組でした。
YMO
≪ソリッド・ステート・サヴァイヴァー≫のジャケットを再現する御三方。改めて凄い面々!

最後に・・・
2018年のコレクション事情といえば、私のライフワークになりつつある、映画コミカライズ作品の収集は、劇画ロードショー掲載の少年チャンピオンも残すところあと4冊でコンプリートというところまで来て、パタリと止まってしまった感があります。
劇画ロードショー 少年チャンピオン
この残り4冊というのがヒジョーに入手困難なやつばかりで、これは気長にいかねばならんな、と。
少年漫画誌の付録や劇場で販売された小冊子版はいくつか増えました。
特に≪魔獣大陸≫は、私が子どもの頃、頻繁にテレビ放映されていたSF映画のコミカライズですので入手できて嬉しかったですね。
映画コミカライズ
≪魔獣大陸≫は、現在、40、50歳代のひとにはトラウマ映画の1本になっているんじゃないでしょうか。

また前々回のブログで紹介した映画の原作本も着実にコレクション増殖中です。
昭和 映画原作本
左上の≪海ふかく≫は、東宝映画にして最恐のトラウマ映画≪マタンゴ≫の原作本。右上の≪呪われた極北の島≫は1970年代に公開されたディズニー映画≪地球の頂上の島≫の原作本。

2019年初っ端のブログは、いつにもまして、連想ゲームのような取りとめのない内容になってしまいました。
何とぞ、今年もよろしくお願いいたします。
いま楽しみな映画といえば、中島哲也監督の最新作≪来る≫かな。
来る
かの≪リング≫をも超えた最恐ホラー小説の映画化というふれこみで話題の映画ですね。
私自身、ホラー小説・・・というより怪奇・幻想小説は大好きなのですが、もっぱら、岡本綺堂や遠藤周作などの少しばかり古い時代の作品にばかり傾倒していて、最近の作品にはとんと疎く、この映画の原作小説のことも全く知りませんでした。
岡本綺堂
岡本綺堂は明治から昭和にかけて活躍した小説家で、数多くの優れた怪談作品を手がけています。
現在怪奇小説集
遠藤周作、山田風太郎、柴田錬三郎などの作家の作品を収録した≪現代怪奇小説集≫。

映画版≪来る≫も、“なんか変なタイトルの映画だな・・・”くらいにしか思っていなかったんですが、先日、テレビで放送された映画公開記念特番やトレーラーなんかを観て、一気に期待が高まったわけです。
それにしても、中島哲也監督といえば、≪下妻物語≫や≪渇き≫、≪告白≫など、独特な映像表現が特徴的な映像作家ですが、イメージ的にはあまりホラーとは結びつきませんね。
人気コミック≪進撃の巨人≫の映画化のときにも監督として名前があがりましたが、結局実現せず、このての娯楽作品には関心の無い方なのかな、と。
まあ、そんな様々な疑問もあって、この映画の原作小説≪ぼぎわんが、来る≫を読み始めたわけです。
来る
文庫版(映画公開記念仕様版)の≪ぼぎわんが、来る≫は、劇中で松たか子さんが演ずる霊媒師、比賀琴子の名刺風栞付(笑)

いま、3分の2ほど、読み終えたのですが、ちょっと後悔してます。
これは、映画が先だったな・・・まずは映画を観てから、原作を読むべきだったな、と。
原作、面白いです。・・・で、メチャクチャ恐いです。
優れたホラー小説というのは、ページを開くとすぐに何とも形容しがた不穏な気配を放ち、“あ・・・この小説、ヤバいかも・・・”と読者に覚悟を強いるチカラがあるように思えます。
鈴木光司さんの≪リング≫や貴志祐介さんの≪黒い家≫、岩井志麻子さんの≪ぼっけえ、きょうてえ≫などがそうでしたが、澤村伊智さんの≪ぼぎわんが、来る≫も、すぐさま異様な物語の展開に引きずり込まれてしまいましたね。
物語としては、古来から語り継がれる化け物(妖怪?)につけ狙われる家族と、その家族を守り、化け物の正体を付きとめようとする人々の奮闘を描いているのですが、多重構造というのか・・・例えば、あるひとの行動について、それぞれのひとの視点で描くことにより、主観的には善意とする行動が、客観的には醜悪な悪意となる・・・といった、人間のこころの在り方に踏み込んでくる恐さがあります。
ひとつの事件が、加害者、被害者、傍観者など、それぞれ立場が異なる人々の主観的な言葉で語られるとき、誰の言うことが真実なのか分からなくなる、という黒沢明監督の≪羅生門≫という映画がありますが、まさに≪ぼぎわんが、来る≫で描かれるのはそういった人間同士のこころのすれ違い(=スキマ)から生じる悲劇なんです。
先述の映画公開記念特番で、子煩悩なイクメンパパを演じる妻夫木聡さんが、「映画の序盤で見せる登場人物の優しい笑顔が、その後の展開で、まったく違う意味合いの笑顔だったことに気付かされる」といった発言をしていましたが、原作に忠実に映画化されているならば、まさしく、この言葉こそが映画の“キモ”を示唆していると思うし、≪告白≫や≪渇き≫などの作品で、人間の心の闇を描いてきた中島監督がこのホラー小説の映画化を決意した理由でもあるんじゃないかな、と思います。
来る
映画公開前なので、ネタバレにならない程度にネタばらしをすると、原作小説のタイトルは≪ぼぎわんが、来る≫で、映画のタイトルからは“ぼぎわん”という呼称は削り取られていますし、トレーラーなどでは、登場人物の台詞の、この呼称の部分にノイズが入り、聞き取れない演出になっています。
映画本編でも、この呼称にノイズを入れる演出がとられているのかは分かりませんが、化け物に特定の呼称を与えないことで観客の不安感を煽る演出とするならば、それも“アリ”なのかも知れません。中島監督作品らしいと言えばらしいですし。
でも原作小説では、この“ぼぎわん”と言う呼称に重要な意味合いを持たせています。
“ぼぎわん”とは何なのか・・・?
ヒントは、多くのひとが知っているであろう西洋のお化けの呼称・・・かつて日本に海を渡って宣教師とともに上陸した“それ”の呼称が現代に至るまでにカタチを変えて語り継がれたもの・・・

そして映画の登場人物のキャラ設定にも惑わされてはいけませんね、きっと。
来る
先述の、妻夫木聡氏さん演ずる“子煩悩で理想的なイクメンパパ”、黒木華さん演ずる“育児に疲れたお悩みママ”はもとより過激なビジュアルが衝撃的な小松菜奈さん演ずるキャバ嬢霊媒師が実は・・・なんて、思わず涙する場面も原作にはありますし・・・ああヤバいネタばれしちゃいそうだ(笑)。
最も、まだ原作を完読したわけじゃないので、断定的なことは言えませんが、いずれにしても一筋縄ではいかない物語であることは確かです。
来る
とにかく、アンタッチャブル、ザキヤマの「来る~っ」っていうふざけたテレビCMもツボにハマった私としては、12月7日、劇場に駆けつけること間違いないですね。



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